クァルテット・エクセルシオのベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルス(5)

ベートーヴェン生誕250年の年だった2020年10月にスタートしたクァルテット・エクセルシオの弦楽四重奏全曲チクルス、昨日2021年3月24日に無事に、そして目出度くフィナーレを迎えました。
第1回のレポートでも触れましたが、2020年は大変な年で、世界中で予定されていたベートーヴェンの記念の催しはほぼ全滅。その中で何とか踏ん張って完走できたのが、恐らく浦安音楽ホールで開催されたこのチクルスだけだったのじゃないでしょうか。

そもそも計画の段階からチクルスは2021年3月に流れ込む日程でしたが、思えばベートーヴェンの誕生日は12月16日。2021年の12月15日までがベートーヴェンの250歳に当たっているわけで、このチクルスが250年記念そのものであると言えるでしょう。その意味では今年の年末まで未だ実現するかもしれないベートーヴェン・フェストはあるわけで、エク・チクルスはその第一弾とでも言い替えておきましょうか。
第5回、そして最終回の演目は、ベートーヴェンの最高傑作として知られる大曲2曲。締め括りに相応しいプログラムでした。

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132

思えば今年に入って最初の2回、チクルス3と4は緊急事態宣言下でのコンサートでしたが、最終回は首都圏1都3県の宣言が解除されて未だ3日目。一気に開放感が広がったとは言えず、感染予防対策も宣言中と同じ、使用座席数も50%の150席限定のままでした。浦安音楽ホールの座席対応は市松方式ではなく、各列は密にして一列そっくり空けるスタイル。1階席の場合は偶数列のみに聴衆が座ります。
私共の周囲は5回セット券で購入した熱心な室内楽ファンで埋め尽くされていましたが、さすがに最終回の昨日はこの回だけ、初めての浦安体験というファンもかなり多く見かけられました。開演前、休憩中のロビーの賑わいはいつも以上で、みな遠慮がちながら、この風景に緊急事態宣言解除の実感が感じられます。もちろん全員のマスク姿は暫く続くのでしょうね。

作品131と132、どちらが最高傑作かという議論はいつも二つに割れますが、この両巨峰を一晩で同時に味わえる機会は意外に少ないと思われます。通し番号も作品番号も出版の都合で決まったもので、作曲自体は15番が先。初演も作品132がベートーヴェン生前に行われたのに対し、作品131は巨匠の死後になってから、でしたよね。
今回は番号順に取り上げられましたが、演奏順は逆でも成り立つのではないでしょうか。そんなことを考えながら自席に着きます。

開演に先立ち、ホール館長の嶋田拓生氏から感染防止対策への協力に対する感謝と、クァルテット・エクセルシオの浦安市での活動に関しての挨拶がありました。

前半の嬰ハ短調、ファーストが静かにテーマを弾き始める。緩やかにクレッシェンドし、スフォルツァンドで頂点に達すると急速に音量を落としてピアノに。ここを聴いて、“おッ、遅いな”。いや遅いというより、構えが大きいと言うべきでしょう。これがセカンド、ヴィオラ、チェロへとフーガ風に受け渡されて行く。
チクルスの最初に書いたことですが、改めて今回のベートーヴェン全曲は3つの余裕に裏打ちされていることを思い出します。彼等の経験、月1回の日程、そしてホールの響き、ですね。

それは第14番の核心とも言える第4楽章、あの長い変奏曲で最高の結果に繋がったのでした。7つの楽章が休みなく一気に弾かれる。ファースト西野が「途中で意識が遠くなりそうになる中で弾くのが良い」と述懐していますが、意識が遠くなるどころか、聴き手は逆に意識が冴え渡っていくとさえ感じられるじゃありませんか。
そして最後に決然たるアレグロの爆発。締め括りは嬰ハ長調で、ベートーヴェン得意の短調から長調へと言う構成ですが、聴き手は思い切りベートーヴェンの策略に嵌り、勇気を奮い立たせながら前半が終わります。

後半はこの日の、そしてチクルスの最後を飾るイ短調。淡々と最初の二つの楽章が終わり、ここでチェロ大友が入念にチューニング。そう、第3楽章こそ作品132の、ベートーヴェン音楽の肝でもあるのです。
「病癒えし者の神への感謝の歌」は、もちろんベートーヴェン本人が体験した病気のことですが、改めてここを聴きながらベートーヴェン自身を超越し、人類全体の病に思いを致さざるを得ません。チクルスの最後が14番ではなく15番であるというのも、あるいはエクが籠めたメッセージであったのかもしれないし、それこそ神の采配だったのかも知れません。

渾身の第3楽章が終わっても、なお音楽は続く。最後の第5楽章は、私にとっては感謝の音楽として聴こえてきました。
勝手な思い込みですが、ベートーヴェンが書いた感謝の音楽は、少なくとも三つ。一つはヘ長調で始まってヘ長調で終わる田園交響曲、二つ目がニ長調で開始されニ長調で終止するミサ・ソレムニス。そしてこの弦楽四重奏曲第15番。おお、これまたイ短調で始まり、イ長調で閉じられるベートーヴェンの罠じゃないか。

ということで、足掛け半年に及んだクァルテット・エクセルシオのベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルスが完結しました。
第3回から第5回までは、ロビーでドイツ観光局から借用した黄金のベートーヴェン像が見守り続ていたこと、全5回の演奏会がビデオ収録され、DVDとブルーレイ・ディスクの形で販売される(第4巻まで販売中)ことを最後に付け加えておきましょう。

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