ウィーン国立歌劇場公演「ファウスト」(無観客オンライン)

ウィーンからの最新情報では、長期間に亘って閉鎖されてきたウィーン国立歌劇場が漸く、一定の条件の下で5月19日に再開されるとのこと。長いトンネルの先にやっと光が見えた感じがしますが、未だ予断は許さないのが現実でしょう。
そんな中、現地時間の4月29日に新演出の「ファウスト」が無観客で上演され、ウィーン国立歌劇場の公式チャンネルから無料でストリーミングされました。

歌劇場では4月中旬(確か4月11日だったと記憶します)にも新演出の「パルジファル」が無観客で上演されましたが、残念ながら国立歌劇場の公式チャンネルではなく、ヨーロッパ向けのテレビ局である ARTE から配信されたため、日本では見ることが出来ませんでした。ARTE は番組によっては日本でも視聴できるのですが、パルジファルは日本では拒否されてしまいました。
ということで、今朝見終わったばかりのグノー「ファウスト」を紹介しておきましょう。

ファウスト/フアン・ディエゴ・フローレス Juan Diego Florez
マルグリート/ニコール・カー Nicole Car
メフィストフェレス/アダム・パルカ Adam Palka
ヴァランタン/エティエンヌ・デュピュイ Etienna Dupuis
ワグナー/マーティン・へスラー Martin Hassler
ジーベル/ケイト・リンジー Kate Lindsey
マルト/モニカ・ボヒネク Monika Bohinec
指揮/ベルトラン・ド・ビリー Bertran de Billy
演出/フランク・カストルフ Frank Castorf
舞台装置/アレクサンダー・デニック Alexandar Denic
衣裳/アドリアーナ・ブラーガ・ペレツキ Adriana Braga Peretzki
照明/ローター・バウムガルテ Lothar Baumgarte

最初に個人的なことで恐縮ですが、1973年にイタリア歌劇が日本で公演したファウスト(クラウス、スコット、ギャウロフ)は最も正統的な舞台だったと評価が高いものでしたが、残念ながら当時私は東京を離れ、自室にテレビもラジオも無かったので噂でしか知ることが出来ませんでした。
その後パリには二度ほど行ったことがあり、どちらもオペラ座ではファウストが掛かっていたものの音楽目的の渡航ではなかったため見ることが出来ず、今日まで縁遠かったのが「ファウスト」です。従って殆ど体験の無いオペラですので、あるいは頓珍漢な感想になるかも知れません。

ところでファウストは、上演を重ねる中で徐々に人気が高まっていったこともあって何度も改訂。現在でも様々な上演スタイルがあるようです。今回がウィーン国立歌劇場デビューとなるカストルフ演出については、私が録音や楽譜(ボーテ・アンド・ボック版の仏独語エディション)で知っているものとはかなり違っていました。特に第4幕の幕切れや、第5幕のワルプルギスの夜の場面は大幅に異なっており、私には却って新鮮に感じられたほどです。
パリのオペラ座で上演された際、第5幕に書き加えられたという有名なバレエ音楽はカットされていますし、オルガンが活躍する第4幕の幕切れなども私には初めての体験でもありました。

ファウストの初演は1859年。初演は失敗に近かったようですが、1887年までに500回、1894年には1000回、1934年までには世界で2000回も上演されたという人気作で、ウィーン初演は初演から3年後の1862年だったそうです。
今回はシュトゥットガルト州立歌劇場との共同制作だそうで、ウィーンではフローレス、カー、カストルフにボグダン・ロシッチ監督の司会で講演会「ファウスト入門マチネ」も開催されたほど。その模様の一部は公式ホームページからユーチューブで見ることもできます

これまで親しまれてきたオーソドックスな演出とは違い、舞台がグノーが作曲した当時のパリから1960年頃のパリに移されているのが、賛否の割れるところでしょう。
回転舞台とスクリーンに映し出されるビデオ映像が特徴的で、スクリーンに映し出される映像は実際に2人の黒子カメラマンが舞台中を歩き回って映し出す舞台映像、別撮りしたフィルム、意味不明なコマーシャル映像などが入り乱れ、面白いアイデアであることは認めるものの、やや散漫で気が散ると感じたのも正直な感想でした。
第3幕後半の四重唱では、4人の回りをカメラが追い、それをスクリーンに映し出すというリアリスティックな手法も。ここ、個人的には面白く観ましたがね・・・。

冒頭に登場するのは、パリ地下鉄のスターリングラード駅。メフィストフェレスがここで降り、舞台となる「CAFE OR NOIR」にやって来るという設定です。
やたらにコカ・コーラが出てくるのですが、この企業からの協賛でも得ているのでしょうかね。第4幕の兵士の合唱では、帰還したヴァランタンがフランス国旗に「アルジェリアはフランス領土だ」とペンキで大書するシーンもあり、僅かながら政治色も仄めかせたりもする。

歌手陣では、やはりフローレスのファウストが聴き物。第1幕での若返りシーンも見所ですし、第5幕では演技面でも酒池肉林の大活躍。
マルグリートのカーは、去年11月に配信された「エフゲニ・オネーギン」でのタチアーナでウィーンでもお馴染みのソプラノ。第3幕の有名な宝石の歌での歌唱はもちろん、後半での汚れ役的な熱演も大いに魅せてくれました。第4幕のアリア「紡ぎ車の歌」は教会ではなく、カフェの前で大きなお腹(ファウストの子を宿している)を抱えて歌うという奇抜な演出。

メフィストフェレスを好演するパルカと、ヴァランタンのデュピュイは、共にウィーン国立歌劇場公演デビューとのこと。マルグリートの元カレであるジーベルは何故かグノーの原作でもメゾ・ソプラノの役ですが、今回の上演ではケイト・リンジーが歌います。リンジーは一昨年12月の「オルランド」が強烈な記憶になっていますので、男役でありながら女性というのも却って自然に感じられるから不思議。この演出では明らかに女性として歌っているように見えました。
マルト役のボヒネクは、ウィーンでは魔女役でもお馴染み。ジーベルもマルトも、本来は登場しない第5幕でも黙役として重要な役割を果たしていますから、演出家に何らかの意図があるものと思われます。

全曲の幕切れは、マルグリートの救済ではなく、彼女が毒を飲んで自死することを暗示します。これは、冒頭で老ファウストが毒を飲もうとして踏み留まる場面と呼応しているのでしょうか。
何しろ今日一日だけの配信。とても一度見ただけで演出の意図を理解できるほどの能力はありませんので、もう一度見直すことにしましょう。

ところで5月19日の再開、当日はこのファウストが上演されるそうです。実際に客席で鑑賞すると、このスクリーンを縦横無尽に使った演出がどのように見えるのでしょうか?

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