日本モーツァルト愛好会・第502回例会

9月18日、日本列島を台風14号(チャンス― Chanthu)が横断する中、初台にある東京オペラシティ リサイタルホールでモーツァルトを楽しんできました。
これまでも何度かお邪魔したことのあるモーツァルト愛好会の例会で、「エクセルシオが奏でるオペラとクァルテット」と題する弦楽四重奏のマチネー。出掛けには大雨警戒警報が出されるほどの土砂降りでしたが、勇を奮って出発、と言っても車で向かいましたので、傘の助けは一切借りずに済みましたが・・・。

思えばクァルテット・エクセルシオ、愛称「エク」が出演する重要なコンサートは、度々悪天候に見舞われたものでした。彼等を応援するファンの間ではエク天候と捩って冗談を飛ばしたものです。
最近は天気の方で諦めたか、エクの演奏会で大雨という機会は殆ど無かったように思いますが、この日は久し振りのエク天候。逆に言えば、モーツァルト愛好会の例会がエクにとって重要なコンサートだ、ということでしょうね。プログラムは、

ハイドン/弦楽四重奏曲第38番変ホ長調作品33-2「冗談」
モーツァルト/弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K458「狩」
     ~休憩~
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K492(弦楽四重奏版・抜粋)
 クァルテット・エクセルシオ

エクが日本モーツァルト愛好会の例会に登場するのは、確か今回が二度目。前回は2019年5月のことで、その時はピアノの浅野真弓との共演でピアノ協奏曲第20番の弦楽四重奏版という珍しい一品がメインでした。会場は池袋にある自由学園の明日館講堂、このコンサートがエクの現セカンド・北見春菜にとってメンバーとして最初に公の舞台に登場した機会だった、と記憶します。
そんなこともあるのでしょうか、この日の挨拶は北見で、現在の厳しい環境の中で演奏会を開催してくれた日本モーツァルト協会への感謝の辞が熱く語り掛けられます。確かに日本楽壇、オーケストラこそほぼ通常通りに演奏会が開かれているようにも見えますが、地味な分野である室内楽の世界では未だまだ中止や延期が多く、演奏家にとって厳しい日々が続いているのが現実。この回のように、熱心な音楽ファンたちがそれこそ雨にも負けず、カゼにも負けず一堂に会するのを見ると、一老ファンとしても胸が一杯になるじゃありませんか。

さて今回は前半が弦楽四重奏曲の名曲二本立て、後半が「フィガロの結婚」をオーケストラ・パートも歌唱も全て弦楽四重奏でやってしまうという無謀とも言える挑戦。特に後半はナマでは殆ど聴く機会の無い演奏で、モーツァルト・ファンでなくとも聴いておきたい演奏会だったと言えるでしょう。
その前半はハイドンの冗談とモーツァルトの狩。どちらも一度は何処かで聴いたことのある名曲ですが、改めて二作品を並べてみると、実に良く考えられた選曲であることが判ります。ハイドンの変ホ長調とモーツァルトの変ロ長調は5度、つまり属調の関係で、並べて聴くと実に座りが良い。

この2曲は、四つの楽章の並びも同じで、第2楽章がメヌエットで第3楽章が緩徐楽章。ハイドンとモーツァルトは先輩後輩の関係を超え、お互いが尊敬しあい影響も受け合った友人でもありましたし、狩を含むハイドン・セットは二人も演奏に参加してモーツァルト邸で初演された、と記録されています。
ところでハイドンとモーツァルト、二人はお互いをどんな名で呼び合っていたのでしょうか? まさかハイドン先生、モーツァルト君じゃなかったでしょうね。フランツ、ヴォルフガングだったのか、あるいは・・・。そんなことを考えながら聴くと、思わず頬も緩んでくるような演奏でした。

ハイドンの冗談、エクの堂々と落ち着いた表現で聴くと、「冗談」というニックネームが終楽章の終わり方だけに由来するものでもないということが判りました。そう、第2楽章のトリオもファースト・ヴァイオリンのポルタメント、音を滑らせて上げる下げるが何ともユーモラス、笑いを誘うような「間」も手伝って、冗談が二つの楽章に忍ばせてあることに改めて膝を打ったものです。
一方モーツァルトは、何と言っても緩徐楽章でしょう。この静謐な音楽をリサイタルホールの豊かな響き、客席を半分に減らした環境で聴いていると、音は何処までも透き通り、心が洗われるような感動に襲われたのは私だけじゃないでしょう。

できるだけ会話を避けようとしてもついつい話が弾んでしまう休憩を早めに切り上げ、後半。

フィガロの弦楽四重奏版は、エクのメンバーが手分けして書かれたという当日のプログラムによれば、モーツァルト愛好会からの強い希望によって選ばれた由。
実は、エクはこの弦楽四重奏版を2018年3月に第一生命ホールのアラウンド・モーツァルトというシリーズで取り上げたことがあり、恐らく愛好会の会員の何方がこれを聴かれ、例会でも演奏して貰うよう要望されていたのだと想像します。私も2018年の演奏を聴きましたが、そのとき選ばれたナンバーがどれだったか、細部までは記録していませんでした。今回演奏されたのは、以下の順です。

序曲
第1幕第1曲・小二重唱「5…10…20…」
第1幕第10曲・アリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
第2幕第11曲・カヴァティーナ「愛の神様、慰めをお授け下さい」
第2幕第12曲・アリエッタ「恋とはどんなものか」
第3幕第17曲・小二重唱「ひどいぞ、どうしてこんなに焦らせたんだ」
第3幕第18曲・レシタティーヴォとアリア「〈訴訟に勝った〉と! どういうことだ!―私が溜息をついているのに」
第3幕第21曲・小二重唱《手紙の二重唱》「やわらかな西風」
第3幕第23曲・フィナーレ「さあ行進だ、参りましょう―心かわらぬ恋人たち」
第4幕第24曲・カヴァティーナ「失くしてしまった…困ったわ」
第4幕第28曲・レシタティーヴォとアリア「ついにその時が来たわーさあ遅れないで、素晴らしい喜びよ」
第4幕第29曲・フィナーレ「皆の者、みんな、武器を取れ、武器を」

フィガロ好きなら直ぐ分かる通り、思わず一緒に歌ってしまうような名ナンバーが目白押し。編曲者不詳、オペラ全曲が弦楽四重奏に編曲されているそうで、昔、何処かで修道院で発見された譜面だ、と聞いたことがあります。
事実かどうか知りませんが、本当に修道院に保管されていたとすれば、誰がどのような目的で編曲したのか、実際にどのような環境で演奏され、誰が聴いていたのかを想像すると、幻想の翼が大きく羽搏くようじゃありませんか。

エクセルシオにとっては忙しく、大変な難行だったと想像しますが、聴いている我々はあっという間、退屈する隙も与えない楽しい時間が過ぎていきます。
嬉しいのはフィガロ最大の聴き所、アルマヴィーヴァ伯爵が伯爵夫人に謝る場面、第4幕のフィナーレがそっくり演奏されたことで、この場面は歌が無くても泣いてしまいました。Contessa perdono の6度上行は、どんなに我慢しても涙が溢れてしまう。

2時間を少しオーバーするコンサート。聴いているうちに何故かカレーが食べたくなりましたワ。ま、冗談ですけどね。

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