オピッツ・リサイタル@浦安

今年も残す所あと一か月、12月のコンサート行は先月に比べると遥かに少なくなります。どのコンサート会場も年末恒例行事となりますが、私でさえ今年は2回も第9詣でを予定。
第9以外のコンサートは二つ三つを残すだけですが、その一つが昨日出掛けた浦安音楽ホールのピアノ・リサイタルでした。と言っても、これまたオール・ベートーヴェンでしたが・・・。

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品272-2「月光」
     ~休憩~
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番へ短調作品57「熱情」
 ピアノ/ゲルハルト・オピッツ

私にとっては余り聴く機会のないピアノ・リサイタル。言わばピアノ初心者ですが、そんな聴き手にとっては恰好のプログラム、出掛けるのが気恥ずかしいようなリサイタルを、こっそりと鑑賞してきました。
ベートーヴェンの3大ピアノ・ソナタにテンペスト、しかも弾くのはドイツ・ピアノ芸術の王道を行くオピッツ。室内楽や器楽曲には最適のホール、最新のスタインウェイ、名曲三昧。当方の感想も素晴らしかったの一言でお終いのようなものですが、若干気が付いたことを書き残しておきましょう。

作品も演奏も文句は無かったのですが、前半でややトラブルがありました。堂々とオピッツが登場し、悲愴の第1音、ハ短調の和音が深々と鳴った、までは良かったのですが、その直後に耳鳴りが!
しまった、先月は演奏会に行き過ぎて、遂に我が耳にも故障が発生したのか。最早コンサート通いも諦めなければならないのか、という妄想に襲われ、悲愴も月光も不安の内に終わってしまいました。

気を取り直すべく休憩時にホワイエに出たのですが、聴衆の一人が会場の係員と揉め事になっている様子。また別のグループでは会場に甲高い雑音が鳴っていた、という話題も。
そうか、あれは自分の耳鳴りではなく、何処かで不快な電子音が響いていたのだったのか。よくよく皆さんの会話を聞いてみると、どうやら補聴器から生じた雑音だったとのこと。遥か昔に経験したことはあったけれど、近頃では珍しい事故に遭遇したようです。

その休憩時間、場内アナウンスが流れ、①演奏中の写真撮影や録音は固くお断りします。②チラシを捲る音が他のお客様の迷惑にならないように注意してください。③補聴器を使用される方は、正しく装着されているか今一度確認してください。
これが合計3回も伝えられました。もちろん③に対する注意喚起だったのですが、敢えて定番の①と②を付け加え、やんわりと指摘されたのでしょう。

これが奏功、後半は不快な耳鳴りもなく、師ヴィルヘルム・ケンプ譲りの真正ベートーヴェンのピアノ音楽を心から楽しみました。強拍のシッカリしたテンペスト、ベートーヴェンはこれでなくちゃ。
圧巻は、やはり熱情。オピッツは4曲のソナタ全て、楽章間の休止をほとんど入れずに弾き切るのですが、そのことから生まれる緊張感と、終わった時の解放感が真に心地良い。いつまでも聴いていたいピアノ・リサイタルでした。

全曲休止無し、と言いましたが、最初に演奏された悲愴だけは違っていました。第1楽章が終了した後、オピッツは直ぐに第2楽章に入る構えを見せるのですが、中々次の楽章に入りません。楽章間で遅刻してきた人を会場に入れ、そのノイズが演奏の邪魔をしたこともありましたが、後で考えれば、やはり補聴器ノイズが演奏者にも分かっていたのでしょう。躊躇った後に第2楽章を開始した、ということでしょうか。
浦安音楽ホールは素晴らしく響の豊かな空間であるが故に、会場のチョットしたノイズが余計に目立ってしまいます。演奏中は咳をするのも憚られるほど。今回は楽章間の入場を許可してしまったようですが、特にこのホールでは演奏中の出入りは禁止した方が良いと思いました。

最初の3曲、会場の反応は東京都心のホールに比べて控えめでしたが、最後の作品が終わるや大拍手と歓声。拍手はコンサート全てが終わってから、という良識でしょうが、素晴らしい演奏には最初から遠慮なく反応しても良いのじゃないでしょうか。
その歓迎に応えてオピッツのアンコールは、ベートーヴェンではなくシューマンのトロイメライ。最初の2音が鳴った所で、会場からは安堵と喜びが混じったような溜息が聞こえた、ような気がしました。音楽を、ピアノを愛する聴き手が揃っていたことの証でもありましょう。

終わり良ければ全て良し。ホワイエで行われたサイン会には長い列が出来、満面の笑みを浮かべたオピッツがいました。
浦安音楽ホールは開場して1年半ほど。今回は前半にトラブルがありましたが、会場側の処置は迅速、且つ適切であったと思います。こうした偶発事例を克服しながら、ホールは成長し、熟成していくもの。我々も長い目で見守っていきましょう。

敢えてもう一点要望を付け加えれば、ホールの主催公演は15回ほどあり、来シーズンのプログラムも発表されました。残念なのは、どうしても土曜日のマチネーに集中しがちなこと。この時間帯は東京でも横浜でも演奏会の激戦区で、浦安を選ぶのは地元の方か、よほど魅力あるプログラムに限られてしまいます。例えば今月15日に開催されるシュタイヤーのチェンバロ・リサイタルも聴きたいのですが、別の演奏会と重なってしまい断念せざるを得ません。
働き方改革、仕事に対するスタンスの変化等々、音楽を巡る環境も変化しつつあります。ここは思い切って平日のマチネーなども企画しては如何でしょうか。先日も京都で体験しましたが、懸念された以上に客席は埋まっていました。折角のホール、更なる活用を期待したいと思います。

 

 

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