神奈川フィル・第348回定期演奏会

平成から令和へと御代が替わり、長かった10連休も終わってクラシック音楽界も漸く落ち着いて来たようです。季節は立夏を過ぎ、早くも夏を思わせる暑さの中、みなとみらいホールで神奈川フィルの定期演奏会を聴いてきました。私にとっては令和最初のコンサート。
神奈フィルにはみなとみらい、県民ホール、音楽堂と三つのシリーズがありますが、みなとみらいシリーズが1970年から続いている定期演奏会。来年は創立50周年を迎える同オケ、今期は5月がシーズン最初の定期となります。常任指揮者の川瀬にとっては6シーズン目、今月も意欲的なプログラムを並べてきました。

ブロッホ/ヴァイオリン協奏曲
     ~休憩~
メンデルスゾーン/劇付随音楽「夏の夜の夢」(台本/田尾下哲)
 指揮/川瀬賢太郎
 ヴァイオリン/石田泰尚
 ソプラノ/半田美和子
 メゾ・ソプラノ/山下牧子
 女声合唱/東京混声合唱団
 語り/國府田マリ子
 コンサートマスター/石田泰尚(メンデルスゾーン)、﨑谷直人(ブロッホ)

本番前のプレトークで川瀬が紹介したように、今回はユダヤ系の作曲家の作品を並べたプログラム。珍しいブロッホ作品は、神奈フィルの顔でもあるコンマス石田が川瀬との共演を熱望して実現したそうで、レアな機会を聴き逃すのは如何にももったいないじゃないですか。加えて全曲を聴ける機会の少ないメンデルスゾーンというのが、今回の私の聴き所でもあります。

そのブロッホ、川瀬も触れていましたが、真に「カッコイイ」協奏曲。ヴァイオリン協奏曲と言えばベートーヴェンにブラームス、そしてメンデルスゾーンとチャイコフスキーが定番で、これが4大協奏曲でしょう。続いてブルッフやシベリウス、ドヴォルザークにプロコフィエフとショスタコーヴィチ辺りが人気ですが、最近は知られざるヴァイオリン協奏曲の「名曲」が注目され始めていますね。通向け、とでも言いましょうか。
曰くコルンゴルト、プフィッツナー、レーガー、ブゾーニ、レスピーギ(グレゴリオ協奏曲)などなど。それに加わるのが、今回のブロッホと言えそうです。

シェロモで有名なブロッホはユダヤ系スイス人で、1924年にアメリカの市民権を取得し、スイスとアメリカを往復しながら活動。ヴァイオリン協奏曲は戦争中の1938年の作品で、ヨーゼフ・シゲティに献呈され、シゲティが初演した作品。伝統的な3楽章構成の協奏曲で、第1楽章は Allegro deciso 、第2楽章 Andante 、第3楽章 Deciso で開始。楽想は様々に変化していきます。第1楽章には長いカデンツァがありますが、出だしなど日本民謡を連想させるようなオリエンタルな印象もあり、我々には素直に受け入れられる音楽と聴きました。
両端楽章に使われるデチーゾ Deciso という表情記号は「断固として」という意味で、この語がもたらすエネルギッシュな感覚が全体を覆っているようです。敢えて調は明記されていませんが、譜面を見るとイ短調と表記しても良いのじゃないでしょうか。確か初演者シゲティとミュンシュ指揮パリ音楽院による初録音のSP盤には「イ短調」と記されていたような記憶があります。

石田はこの協奏曲に惚れ込んでいるだけあり、気合の入り方は尋常じゃありません。コンサートマスターとして登場する時とは異なり、衣裳も眼鏡も勝負スタイル。ガッと両足を開いて踏ん張り、かつてのシゲティを連想させるようにハートでヴァイオリンを弾き、ブロッホの魅力を120パーセント惹き出して魅せます。正にデチーゾに相応しい情熱的なヴァイオリン、弓一本でみなとみらいを取り仕切っている趣さえ感じられました。
川瀬と神奈川フィルも勿論初挑戦のブロッホでしょうが、石田親分を全力で支え、これまた大熱演。会場からも熱い拍手と歓声が巻き起こります。

その喝采に応えて、石田のソロは「エストレリータ」。マヌエル・ポンセ作曲の歌をヤッシャ・ハイフェッツがアレンジしたものですが、ハイフェッツ編曲はピアノ伴奏なので、あるいは石田自身が無伴奏ヴァイオリン用に手を加えたものかも? いずれにしてもハイフェッツもユダヤ人ですから、ブロッホ→ハイフェッツ→メンデルスゾーンというリレーが生まれます。憎いプログラム作りじゃありませんか。

そして後半のメンデルスゾーン。前半でソロを弾いた石田がコンサートマスターとして再登場。衣裳も眼鏡もコンマス仕様に戻っていたのに笑います。いつもは序曲や結婚行進曲だけが取り上げられる作品ですが、今回はメンデルスゾーンがシェークスピアの喜劇に付けた音楽をほぼ全曲取り上げる企画。仮に全曲を演奏する場合、各音楽は登場するキャラクターの会話を挟みながら進行していきますが、今回は田尾下氏が「複雑なストーリーを思い切り簡略にし、なおかつシェークスピア劇の面白さを存分に伝える」(曲目解説は遠山菜穂美氏)もの。
プログラムには蟹江杏の絵が添えられた「夏の夜の夢の登場人物相関図」が挟まれており、この戯曲に初めて接する方にも内容が理解できるような配慮も施されていました。

舞台奥に女声合唱が陣取り、その前にソプラノとメゾ・ソプラノ。指揮者の左手、即ち協奏曲ならソリストが立つ位置に語り役が座り、マイクを通してストーリーを伝えていくという演出。
演奏前の告知で、有名な夜想曲の前に置かれている「情景」(第6曲)がカットされましたが、滅多に聴けない全曲版を楽しみました。川瀬のことですから通常代用されるチューバではなくメンデルスゾーンの指定通りオフィクレードの復刻楽器を使うのかと思っていましたが、今回は多分普通のチューバだったと思います。(遠目で確認できませんでしたが・・・)

語りがマイクを使うことで生ずる刺激的な音(何となくゴロゴロというノイズを拾っていたような?)が時折気になったり、演奏上の些細な瑕疵などもありましたが、それが却って手作り的な味わいとなり、メンデルスゾーンとシェークスピアの世界が楽しく展開して行きます。川瀬は、例えばハイドンなどではティンパニを強打して作曲当時の響を再現しようと試みますが、メンデルスゾーンの序曲でも同じ。弦の分奏にも目配りが行き届いており、スタイリッシュなメンデルスゾーンを目指していたと思います。

前半の協奏曲だけでも40分、後半も1時間を超えるコンサート。アンコールもあって演奏会全体は2時間半というロングランでしたが、外は未だ明るく、夏風に吹かれながら桜木町駅までのミニ散歩も楽しめた神奈フィル定期でした。

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