酉年生まれの大作曲家

今年も正月3日は干支のお遊びです。日記をひっくり返してみると、最初に取り上げたのは子年でしたから、残る所は今年を含めて3年ということになりました。もうちょい、お付き合いください。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。そもそも西洋の音楽家に中国風の占いは場違いだという意見もありますが、今年、酉年生まれの大作曲家という視点で色々考えてみると、意外に当たっているから不思議じゃありませんか。

最初に一般的な酉年生まれの特徴というと、「負けず嫌いでプライドが高く、自分本位になり勝ち」、「頭の回転が速く、バランスが取れている」、「責任感が強く、マメでソツない仕事振り」というところに集約されるようで、ネットでも確認できます。
芸術家向きの年回りということもあるようで千蔵八郎氏の著作「クラシック音楽歳時記」にも“芸能人にはこの年回りの人が多い”などという指摘も出ていました。そのな前置きで酉年生まれの大作曲家を拾っていきましょう。

昔の人には生年が特定できず、ほぼこの頃という人も多いのですが、余り気にせず探すと、最初の大物は1525年生まれ(ということになっています)のパレストリーナでしょう。パレストリーナと言えば宗教本学の大本尊のようなイメージがありますが、実は彼は法王庁の中に引き籠っていたわけではなく、何度も職を変えて世間の空気もたっぷり吸っていました。
教会音楽家を廃業して、世俗的な宮廷の楽長になることに執念を燃やしていたという逸話も残っており、俗気も山気もある精力家。長年添った妻が死ぬと、数か月で富豪の未亡人と再婚するという実利家でもあったそうな。正に酉年の見本のような生き様だったと思いませんか。

時代は60年ほど飛んで、次に登場するのが1585年生まれのハインリッヒ・シュッツ。シュッツはドイツの3大Sの一人で、作品からは謹厳実直というイメージが湧いてきますが、彼は壮年期に30年戦争に遭遇し、何度もデンマークに疎開したという経験がありました。
波乱万丈とも言えそうな時代を生きた人で、戦争による困難と受難を乗り越えた精神性の強さはバッハをも凌ぐと評価されています。無用な反復を排除した作風は、「責任感が強く、マメでソツない仕事振り」というフレーズがピッタリです。

1645年生まれ、画家の息子でフランス人のマルカントワーヌ・シャルパンティエは、美術の勉強のためにローマに留学した人。そこで自身の才能が音楽にあることに目覚め、イタリア様式の宗教音楽の大家となりました。この人も自分の生い立ちに拘らず、機転を利かせて音楽家の道を選択したバランス感覚が如何にも酉年。

さて上記シュッツに始まったドイツのバロック音楽は、1681年生まれのテレマンで幕を下ろします。彼もルター派の牧師の子という生い立ちながら音楽を商売に選び大成功。作品にムラが無く、他人のパクリも無いオリジナルな作曲家という意味では同時代のバッハやヘンデルを凌ぐ才能と言えそうです。
大の勉強家で環境の変化に柔軟、自由都市フランクフルトで開花しただけでも大したものですが、ハンブルクに移ってからはいくつもの教会の音楽監督を掛け持ちし、自ら出版も手掛け、ジャーナリストとしても筆を揮うなど現代の音楽プロデューサー顔負けのスーパースターとして活躍しました。最初に酉年には芸能人が多いと書きましたが、テレマンこそ芸能人の鑑と言えそうです。

先を急ぐと、1717年生まれのヨハン・シュターミッツはマンハイム楽派の創始者ですが、40歳で早逝したのが惜しまれます。同様に1801年生まれのベルリーニも34歳で死去した天才で、もし長生きすれば、あの時代のドニゼッティの独り舞台を阻無ことが出来たでしょうに。

酉年生まれについては現代では余り馴染みの無い大作曲家を紹介してきましたが、誰でも知っているところでは1813年生まれのヴェルディとワーグナーを挙げておきましょう。プライド高く自己中心的、新たな時代を切り拓いたという酉年の典型。
1825年にはヨハン・シュトラウス、次の1837年にもバラキレフが出ましたが、方や通俗ダンス音楽の開拓者、方やロシア5人組の嚆矢でありました。

後は名前だけを挙げておきましょう。1873年生まれのラフマニノフとレーガー、1885年生まれではベルクとヴァレーズ、1897年にはコルンゴルトも生まれています。酉年生まれの特徴は皆さん自身で探してみてください。

 

 

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