ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(68)
ロックダウン中のウィーン国立歌劇場は、過去のアーカイブ映像を配信する合間を縫うようにリアルタイムで無観客上演し、それを無料でライブストリーミングしてきました。本来なら2月1日には昔懐かしいポネル演出の「フィガロの結婚」、7日には新制作の「カルメン」が上演される筈でしたが、残念ながら両演目とも延期になってしまいました。
理由は、前者では出演予定だった合唱団のメンバーが、後者ではタイトルロールを歌う予定だったアニタ・ラチヴェリシュヴィリが新型コロナウイルスの陽性反応が出たためとのこと。理由が理由ですから、何時まで延期になるのかは見通せません。
ということで引き続き連日のようにアーカイヴが配信されていますが、日本時間で2月4日(木)と6日(土)の二日間、アーカイヴとしても初出の公演を見ることが出来ましたので、急遽これを紹介することにしました。演目はモーツァルトの歌劇「イドメネオ」。イドメネオそのものは去年5月下旬にアーカイヴ(38)として紹介したものと同じ演出ですが、今回配信されているのはそれより5年ほど前、2014年10月14日公演の舞台で、指揮もキャストも大幅に入れ替わっているので再度取り上げましょう。配役等は下記のとおりです。
イドメネオ/ミヒャエル・シャーデ Michael Shade
イダマンテ/マルガリータ・グリツコヴァ Margarita Gritskova
エレットラ/マリア・ベングトソン Maria Bengtsson
イリア/チェン・レイス Chen Reiss
アルバーチェ/パーヴェル・コルガティン Pavel Kolgatin
大司祭/カルロス・オスナ Carlos Osuna
神託の声/ソリン・コリバン Sorin Coliban
指揮/クリストフ・エッシェンバッハ Christoph Eschenbach
演出/カスパー・ホルテン Kasoer Holten
舞台/ミア・シュテンスガード Mia Stensgaard
衣装/アニヤ・ヴァン・クラフ Anja Vang Kragh
照明と映像/ジェスパー・コンシャウ Jesper Kongshaug
5月に取り上げたものと同じ舞台ですから、概要はそちらを参考にして下さい。また今回のホルテン演出に付いてはミュンヘン初演版とはかなり異なった舞台となっており、その疑問についても別項「イドメネオの謎」として取り上げました。
その謎は私の中では相変わらず謎のままですが、昨日見直して見ての感想をいくつか紹介して、謎解きの切っ掛けとしたいと思っているところです。
問題は第2幕でしょう。イドメネオでは4人が主役なのですが、ホルテン演出ではこの幕で4人に順次スポットライトを当てるように再構成されているようにも聴き取れました。つまり、冒頭で本来(ミュンヘン初演稿)なら第3幕冒頭に置かれているイダマンテとイリアの二重唱が歌われ、これに続いてイダマンテ→イリア→イドメネオ→エレットラの順に次々と主役たちのアリアが繰り広げられていくのです。
特に注目したいのが、最初に登場するイダマンテのシェーナとロンド「心配しなくても良いのです、愛しい人よ」で、このアリアはヴァイオリン・ソロが活躍する長大な一曲。調べていて分かったのですが、このナンバーはモーツァルトがこのオペラをウィーンでも上演すべく改訂していた時に追加されたもので、歌劇「イドメネオ」とは別にK490として整理されているものなのですね。つまりウィーン国立歌劇場のホルテン演出「イドメネオ」は、ウィーン稿が基本になっているのだろうと想像することが出来ます。
今回の映像では後姿しか映し出されていないので確認は出来ませんが、恐らくコンマスはライナー・キュッヒルでしょう。キュッヒルの艶やかなヴァイオリン・ソロに乗って歌うグリツコヴァのイダマンテは、この日の聴き物です。
しかも、このアリアは歌劇全体の丁度中間点に当たっているのですね。最後のイドメネオの扱いを見るにつけ、ホルテンは主役をイダマンテに置き換えているのではないでしょうか。
そしてレイスのイリアにも注目。彼女の名前、最近ユーチューブ映像で知ったのですが、本人は Chen を「ヘン」と発音していますね。喉の奥から発音する「Chen」です。従ってカタカナでは「ヘン・レイス」とすべきなんでしょうが、今まで通りチェン・レイスと表記しておきました。
それにしても幕切れの演出、イドメネオが退位して皇位をイダマンテに譲り、イリアを妃に迎えるハッピーエンドではなく、イドメネオが追放される形になっているのは、ウィーン稿というよりホルテン演出による読み替えと見るべきじゃないでしょうか。
ブログ主様、楽しく有難く拝読しております。Chen Reissは2016年秋にウイーンフィルと来日して正装コンサートに出演し、その折サントリーホールは「ヘン・ライス」と表記していました。ホールHPで確認できます。確かNHKでも放送されたと思います。
モーツアルトの楽譜は、個人使用に限り、ネット上で新モーツァルト全集を閲覧できます。イドメネオは1972年版ですが、その後の校訂記録も掲載されています。このオペラは追加曲や書換えた曲が多いみたいですね。ホルテンの演出はドラマ優位に構成されていましたが、音楽はモーツァルト自筆のものが採用されているのだろうと、と勝手に想像しています。