2011プロムス・43
3日連続プロムス体験の最後は、私が最も楽しみにしていたコンサートです。以下のもの。
≪8月16日(火)、プロムス43≫
コープランド/市民のためのファンファーレ
バックス/交響曲第2番
~休憩~
バーバー/弦楽のためのアダージョ
バルトーク/ピアノ協奏曲第2番
~休憩~
プロコフィエフ/交響曲第4番(1947年改訂版)
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
指揮/アンドリュー・リットン Andrew Litton
ピアノ/ユジャ・ワン Yuja Wang
コンサートマスター/クリオ・グールド Clio Gould
これはタイプミスでも何でもなく、休憩が2度も挟まれる拡大版コンサートです。開演は午後7時、終演予定は午後10時10分。
このプログラムを見て即座に隠れテーマが見つかる人は、余程のクラシック音楽通でしょうね。少なくとも私は、プロムスのホームページで当演奏会の案内を見るまでは気が付きませんでした。
その共通点とは、今回取り上げられる5人の作曲は全てボストン交響楽団の指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーと深い関係があった、ということ。
即ち、コープランドのファンファーレは、後にクーセヴィツキー財団のために作曲された第3交響曲の中に取り入れられましたし、意外にもバックスの第2交響曲はクーセヴィツキーに捧げられて(もちろん指揮しています)います。
またクーセヴィツキーはバルトークの名曲・管弦楽のための協奏曲を委嘱した本人でもあり、1940年代はバーバー作品の演奏にかけては第一人者でした。そしてプロコフィエフの第4交響曲のオリジナル(1930年版)は、ボストン交響楽団の創立50周年のために作曲され、クーセヴィツキーの手で世界初演されたという具合。
前々日に聴いたブリテンの春の交響曲もクーセヴィツキーの委嘱作であったことを考えると、偶然ながら今年のプロムス体験は指揮者クーセヴィツキーを見直す機会にもなったことになります。日本ではほとんど評価されていないクーセヴィツキーですが、音楽界への貢献は極めて大きかったことが判ります。海外に出て、初めて気が付くことも多いものですね。
ところでこのプログラム、仮に日本で行われたらどのくらいの聴き手が集まるでしょう。交響曲は二つあるけれど、どちらも馴染の無いもの。バックスに至っては、作曲家としての名前もほとんど知られていない。私がバックスをナマで聴いたのは、名古屋に出掛けて名フィル定期(広上淳一指揮)で「11月の森」を聴いたことがあるだけです。
今日は空席が目立つのじゃないかな、と予想して出掛けたプロムスですが、その予想は完全に外れました。この珍しいプログラムにも拘わらず、ホールにはどんどん好事家が訪れます。いや、滅多に聴けない曲だからと言う方が正解なのでしょう。日本では考えられない現象です。8000は無理としても、見た目7900という感じ。
今回私共がチョイスしたのは、プロムス41と同じストール席、場所もほとんど前回と同じ場所でした。
ロイヤル・アルバート・ホールの客席は前列との間隔が狭く、小さい日本人はともかく平均的英国紳士淑女にとっては、座っている人の前を通るには無理があります。ですから、列の中ほどの席に座る人が遅れて来ると、出口に近い人は立ち上がらなければ中に通すことが出来ません。
それを考慮してかホールの座席は左右に少し動く仕掛けになっているのですが、大柄な人にはそれでも避けきれません。そこで中に入る人が来ると、手前の人は一斉に立ち上がって中に入れます。入る人は一人一人に“Thak You”と声を掛けながら進む。
この回のように大入り満員になると、早目に端に座った人は何度も立ち上がらなければならなくなります。しかしそれが却って同列の人たちに連帯感を生む。何処から来ました? などという会話も出てきます。
また、この日は一席おきにチラシが挟まれていました。見ると、当日登場するロイヤル・フィルの11月公演の案内。そこで気が付いたのは、イギリスでは日本のようにホールの前で大量のチラシを配る習慣が無いこと。全てそうかは知りませんが、少なくともプロムスではチラシを配る光景は見られませんでした。
これはまた、コンサートには二人で来るのが当たり前、ということの証明。前回も書きましたが、演奏会チケットの価格設定は、恐らく日本で言う「ペア券」が前提になっているような気がします。だから、一人あたりに換算すれば比較的廉いのでしょう。
さて演奏の感想ですが、これは文句なく素晴らしいコンサートでした。
バックスの第2はプロムス初演の由。バックスは交響曲を7曲作曲していますが、第2以外の6曲は既に演奏されたことがあり、第2だけが取り上げられていませんでした。
それには理由があり、第2交響曲は作品としても非常に複雑で、曲調も暗く重いもの。調性としてホ短調とハ長調が併記されている通り、場所によっては復調(二つの調が同時に鳴らされる)になる個所(第2楽章のクライマックス)もあって、耳には馴染み難いのです。ハッキリと調が確定するのは第1楽章の終結部くらい。
全体は3楽章。第1楽章冒頭(序奏と捉えるべきか)が第3楽章の最後(後奏と対比できます)に戻ってくるアーチ形の構成で、作品の中核は第2楽章にあると聴きました。
バックスはロンドンで生まれ、王立音楽院で学んだイングリッシュ。しかし若い時からアイリッシュ文化に関心を持ったようで、第2交響曲の第2楽章に登場する美しい主要テーマには、アイルランド民謡を思わせる諧調が漂います。私はこの日のためにスコアと録音で予習していたため、スッカリこの楽章が気に入ってしまいました。
ロンドンで初めてバックスの交響曲のナマ演奏に接することが出来たこと。これが今回のロンドン行の最大の収穫だったと考えます。
バルトークの極めて難しい協奏曲を弾いたユジャ・ワンも見事でした。中国出身の恐らく24歳と思われる若手女流ピアニスト。今回がプロムス・デビューで、完全にロンドン子の魂を掴んだようです。
今年のプロムスでは、3曲あるバルトークのピアノ協奏曲が全て取り上げられました。既に第3はアンドラーシュ・シフ(マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団)、第1はヤン=エフラム・バヴーゼ(ウラディーミル・ヤロフスキ指揮ロンドン・フィル)が演奏していて、私もBBC3で全て聴きましたが、ワンが弾いた第2が最も聴き応えがあったように思います。
ほぼ8000人の反応も物凄いもので、床を踏み鳴らして何度もユジャを舞台に呼び出していました。彼女がプロムスに再登場する日も近いでしょう。
因みにユジャ・ワンは、2007年にロリン・マゼールとニューヨーク・フィルの日本公演でのソリストとして来日した由。その時聴かれた方も多いでしょう。彼女の最も新しいレコーディングは、アバド/マーラー室内管との共演によるラフマニノフの第2。既にDGから発売されていて、レコード各誌で絶賛されているそうな。
BBCライヴの放送に寄せられた視聴者のコメントでも、彼女のソロを含めて、この演奏会はほとんどが絶賛調でした。
プロコフィエフの第4交響曲は、私にとってはラザレフ/日本フィルの演奏で既に馴染になったもの。一般的にはあまり知られていませんが、繰り返し聴いてきたお蔭でスッカリ自分のレパートリーに入った感じ。特に第3楽章のテーマ、あれ、何となく“ビー・ビー・シー・・・・”と聴こえませんかね。
最後に一つ、今回のプログラムには珍しい写真がたくさん掲載されていました。特にプロコフィエフの項には、エルネスト・アンセルメ、セルゲイ・ディアギレフ、イゴール・ストラヴィンスキーと並ぶプロコフィエフの写真。私もいろいろ音楽家の写真を見てきたつもりですが、これは初めて。
またクーセヴィツキーがボストン響を指揮する一枚も、私にとっては初めて見るもの。このプログラム誌は、私にとっては永久保存版ですな。
更にコープランド作品がオバマ大統領の就任式で演奏されたこと、バーバー作品が故ケネディー大統領の葬儀で演奏されたこともあって、両者に因む写真も。そのことで、金管だけのファンファーレと、弦楽だけのアダージョが対されていたことに気が付きます。
序に考えを巡らせば、バルトークの協奏曲も第1楽章は管楽器と打楽器だけ、第2楽章の冒頭は弦楽器だけの伴奏ということにも思い至るじゃありませんか。
隅々まで考え抜かれた選曲、既にN響と共演した経験もある指揮者アンドリュー・リットンにも大きな歓声が浴びせられていました。
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