2011プロムス・41

やっと演奏会のレポートまで辿り着きました。今回のロンドン行、私自身の目的はプロムスを自身の目で見、耳で聴くことにありました。家内との相談で凡その日程が決まった後、最終的に選んだのは3公演。これから3回に亘って感想をアップしていきます。

その前にプロムスの行き方について何点か。

最初にチケットの入手です。NHKでも毎年ラスト・ナイトの模様が放映されているように、一連のコンサートが開催されるロイヤル・アルバート・ホールは平土間がアリーナ席になっています。ここは椅子がほとんどない立見席(いや、立聴席というべきか)で、チケットの前売りは無く、全て当日券です。
その他は前売りされます。現地にいればチケット・オフィスに行けば済むことですし、もちろん電話でも購入できます。我々のように海外から買う場合はオンライン・システムを使うことになります。
今回初めてチャレンジしましたが、先ずプロムスのホームページから事前に登録し、予め購入する演奏会と席種を決めておきます。プロムスのコンサートには全て通し番号が付けられていて、今年の場合は74までありました。

チケット販売当日(ハッキリ覚えていませんが、5月初旬だったと思います)にホームページにアクセスすると、受付番号が与えられます。恐らくアクセス順でしょう。我々の場合は二百何番かだったと思いますが、これが順次減っていって自分の番が来ます。その間回線は繋いだままで待機。
一体何時のことやらと心配になりますが、待ち番号はどんどん減っていき、1時間以内で到達しました。すると画面が変わり、実際の購入画面に。そこから予め設定しておいた演奏会番号と席種を入力し、代金決済口座の入力に移ります。クレジットカードの要件を入力し、承認されると購入完了。ここまでを30分以内に完了しないと無効になります。

初めてのこととてドキドキしましたが、幸いに無事通過。直ぐにメールで「ありがとうございます」というメッセージが入り、予約内容が記されています。チケットは1週間程度で郵送されるとありますが、もし着かなかった場合は当受付メールを印刷して当日チケットボックスに行けば、そこで手配される仕組みです。
メールの通り、ほぼ1週間でチケットが郵送されてきました。

次に席種ですが、ロイヤル・アルバート・ホールは8000人が収容可能の大ホール。丁度円形をした構造で、中央の同心円がアリーナ席。その前方がステージです。ステージの奥にオルガン席と合唱席が広がります。
アリーナを取囲むように広がるのが「ストール」席で、日本の感覚で言えば1階席に相当するでしょうか。ストールの後ろに広がるのがボックス席で、ここから次第に上の階に昇っていく構造で、ボックス席は3階まであります。1階から順に、「Loggia Box」「Grand Tier Box」「Second Tier Box」という名称。一番大きい Grand Tier Box にはボックス毎に12席、Loggia は8席、Second Tier には5席が用意されていました。
3階から成るボックス席の更に上階に広がるのが、サークル席。日本風に言う4階でしょう。ここは列もかなり多く、上からステージを見下ろす感じ。サークルの上にも更に1階上のスペースがあって(5階相当)、ここはギャラリーと呼ばれる立見席。ここには入らなかったので判りませんが、下から見上げた感じでは詰めれば何人も入る様な感じです。
更に夫々がステージに向かって中央かサイドかによって7段階に分かれ、ストール席もセンターとサイドに、サークルは前・後・見難い席という具合に分類されていて、極めて複雑。

価格は Grand Tier Box が最も高いのですが、ここは個人所有(当然ながら金持ち階級でしょう)のボックスが多く、実際に売られるのは空席だけに限られます。以下ランクは Loggia Box と Second Tier Box 、ストール、サークルと続き、庶民たる私が買うのはストールかサークルというのが常識でしょう。
価格はもちろん公演によって微妙に違いますが、我々が買った席は、41と43がストール、少し値段の高い42はサークルでした。席による音響の違いを確かめたかったのも選択理由の一つです。

ギャラリーは良く判りませんが、アリーナは5ポンドで固定されています。日本円に換算すれば650円ほど。当日券ですから開演前に並ぶのですが、日本のような行列にはなりません。開場5分くらい前に係員が来てチケット販売を告げると、それまで近くで待っていた人たちが三々五々集まって列を作るという具合、それも入り口が4か所ほどあるようで、我先に、という列にならないのは如何にも紳士の国か。
ということは、もし偶々ロンドンにいてプロムスを体験したいと思ったら、開場時刻(開演の45分前)の少し前にホールの裏手に行けばよろしい。ステージにいちばん近い場所で演奏を聴けるのは、このアリーナ席ですからね。

アリーナとギャラリーにはシーズン通し券というのもあって、全コンサート(プロムス1からラスト・ナイトのプロムス74まで)の通しは190ポンド(2万5千円ほどですから、かなりお得。1回あたり300円チョッと!)。前半(1~37)、後半(38~73)というのもありますが、これだとラスト・ナイトは聴けません。
そのラスト・ナイトは、少なくとも5公演以上聴いた人に権利が生ずる演奏会で、実際には抽選になるのか速いもん順になるのかは判りません。

以上がチケットのこと。次にアクセス。

プロムスはオーケストラの公演だけでなく、室内楽もあります。ロイヤル・アルバート・ホールで行われる室内楽(今年の一例では、プロムス7。ベルチャQ他によるシューベルトの弦楽五重奏は、オケの演奏会が終わった後、午後10時からの公演でした)もありますが、他は近くにあるカドガン・ホール Cadogan Hall で行われます。
カドガン・ホールの室内楽は、ほとんどが午後1時開演。室内楽を聴き、午後7時からアルバート・ホールでオーケストラを聴くという連荘も勿論可能です。

ロイヤル・アルバート・ホールは、ロンドンの目抜き通りとも言えるケンジントン・ロードに南面し、道路の反対側はハイド・パークで、アルバート公を記念した銅像が聳え立っています。最寄の地下鉄駅はサウス・ケンジントンかナイツブリッジ。
私共は、最初の晩はグリーン・パークからピカデリー・ラインで二つ目のナイツブリッジから歩きましたが、結構あります。途中で道を聞いたら“Five minutes walk”なんて言ってましたが、日本の老人にはもっと長く感じます。
そこで二日目以降はバス(ロンドン名物の赤い二階建てバス)を利用しました。ロイヤル・アルバート・ホール駅はホールの真ん前で、5系統のバスが止まります。バスのグリーン・パーク駅にも止まるのは「9」系統のバスで、例のオイスターカードを使えば10分ほどで往復できました。帰りはホールから乗る人が多いので混雑しますが、歩くよりは便利ですね。地元の人は車で来る人も多く、日本のように駐車場が無いのでホールの周りに適宜駐車している様子。日本より遥かに大らかな印象です。
(ロンドンのバスは、ほぼ24時間運行しています。深夜から翌朝早くまでは、夜を意味する「N」が路線番号の前に付けられ、例えば「N9」路線が深夜でも走ります。Nの無い路線もありますから、地下鉄の駅にも置いてあるロンドン・バスのセントラル・ロンドン・ガイドで確認しましょう)

以上、前置きが長くなりました。以下が初めてナマ体験した演奏会の内容です。

≪8月14日(日)、プロムス41≫
パーセル=ジョビー・タルボット/シャコニー ト短調
ブリテン/カンタータ・ミゼルコルディウム
ブリテン/シンフォニア・ダ・レクイエム
     ~休憩~
ブリテン/春の交響曲
 BBC交響楽団
 指揮/マーク・ウイグルスワース Mark Wigglesworth
 ソプラノ/アマンダ・ルークロフト Amanda Roocroft
 メゾ・ソプラノ/クリスティーヌ・ライス Christine Rice
 テノール/アラン・オーク Alan Oke
 バリトン/レイ・メルローズ Leigh Melrose
 合唱/BBCシンガース、BBCシンフォニー・コーラス(合唱指揮/スティーヴン・ジャクソン Stephen Jackson)
 少年合唱/トリニティー少年合唱団(合唱指揮/デーヴィッド・スウィンソン David Swinson)
 コンサートマスター/アンドリュー・ハヴロン Andrew Haveron

この日は日曜日、プロムスでは日曜日の演奏会は全て合唱曲を含むコンサートと決まっています。今年のプロムスは7月15日から9月10日までの毎日、日曜日は8回あって、41は5回目の日曜コンサートに当たっていました。
このほか日曜プロムスは、ブライアンのゴシック交響曲、ヴェルディのレクイエム、ラフマニノフの合唱作品の夕べ、モーツァルトのレクイエム、メンデルスゾーンのエリア、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスなどのプログラムが組まれていました。

41は、カンタータ・ミゼルコルディウムと春の交響曲が合唱を含む作品、他の2曲は純粋オーケストラ作品です。
ブリテンばかりを集めたコンサート、実は隠された意図があって、この選曲はベンジャミン・ブリテン自身が1963年9月12日にプロムスで指揮したプログラムと同じものの再現なのですね。但し、1963年は冒頭のパーセル作品はブリテン自身が弦楽合奏のために編曲したものでしたが、今回は捻って1971年生まれの作曲家ジョビー・タルボットのアレンジを世界初演するという内容です。

実は私共が日本を発つ前にアルバート・ホールからメールが届き、予定されていた指揮者イルジー・ピエロフラーヴェクがインフルエンザのためにキャンセルしてウイグルスワースに替ること、更に当日はプレ・オリンピックの自転車競技があってバス路線が一部変更される予定で、バスは使わない方が良いことが知らされていました。
実際に当日の演奏会に行ってみると自転車レースは既に終わっていましたが、ピエロフラーヴェクの他にテノールとバリトンも出演者が交替し、上記のメンバーに替っていました。

この日の我々のチケットは、ストールL、10列105・106番というもので、入場するドアも9番とチケットに印刷されています。別に9番から入らなくとも良いのですが、ここが一番席に近いという意味。
ホールに入ると必ず案内係がいて、“そこを左に行って10列目、端から3つ目と4つ目へどうぞ” などと教示してくれます。日本のように無料プログラムが手渡されるのではなく、ロビーの彼方此方にいる販売人から買うシステム。一冊3ポンド50ペンス(約500円)で、プログラムによっても異なりますが、この日のものは正味が38ページで、他に広告ページが相当数ある厚手のもの。解説はかなり詳しく、英国は曲目解説の国だなぁと感心しましたね。

プログラムにも演奏中は咳払い、飲食、写真撮影、携帯電話、お喋りは自粛するようにイラストで書かれていますが、日本と決定的に違うのは、それが「演奏中」に限られていること。
現地のファンはビールを片手に席に着きますし、デジカメもところ構わずピカピカやってます。日本なら係員がまるで犯人を逮捕するような勢いでやってきて“撮影禁止ですッ”と凄い剣幕で制止しますが、こちらでは何も言われません。ですから我々もお互いの記念撮影をパチリ。
それより驚いたのは、休憩時間にはアイスクリームを売りに来ること。一応飲食禁止と書いてありますが、休憩中は気楽に楽しみましょう、というのが英国スタイルですな。日本は堅すぎますよ。だからクラシックは敷居が高いと言われる。
その代り、演奏中は皆集中して聴いてます。もちろん出物腫物は仕方ありませんが、8000人入っていることを思えば大変な集中力です。子供もたくさん来ていますが、若い時から公共の場でモードの切り替えを明確にすることを学ぶ習慣があるのでしょう。良い処は学ばなければいけません。

また、コンサートに来る人はカップルが圧倒的に多い。もちろん一人で来ている人も多数いますが、やはり音楽は誰かと連れ立ってくるのが常識でしょう。だから一緒に来た人の手前もあってアホな行動はしません。暗黙の裡に大人のルールが機能しているのです。何か不快なことがあっても、彼らはジョークを交えて、お互い気持ち良く解決していました。

演奏そのものの印象は詳しく触れません。日本では滅多に聴けない曲目で、特に2曲目、ブリテンが赤十字の創設100年のために委嘱されたカンタータは貴重な体験でした。
編成はテノール、バリトンのソロに合唱、管弦楽は弦楽合奏にピアノ、ハープ、ティンパニが加わるだけの室内オケで、冒頭と最後に登場するパッセージは弦楽四重奏で弾かれるインティメートで真摯な音楽。アルバート・ホールの大きな空間でも、演奏の見事さは充分に伝わってきました。

冒頭の新しいアレンジは、ブリテンとは違って管楽器や金属打楽器を主体にした響き。タルボットの意図はより古風に響かせるところにあったようですが、木管の部分はともかく、果たして意図通りの効果が出たのかどうか。やや金属的な響きが気になりました。
音楽そのものは、ブリテンがアレンジした弦楽合奏版より短め。帰国してからBBC3の録音で確認したところ、ブリテン版よりスコアにして3割ほど短く纏められていました。

シンフォニア・ダ・レクイエムはブリテン作品の中では日本でも比較的頻繁に取り上げられているもの。特に日本の皇紀2600年のために書かれたもので、特別な感慨もあります。
全体は3楽章。第1楽章ラクリモーザの悲痛な響き、第2楽章ディエス・イレの激しい怒りのあとで流れる、第3楽章レクイエム・エテルナムの平安な静けさが美しく印象的な作品です。時の宮内庁はタイトル故に作品の受領を拒否しましたが、ブリテンが描いたのは寧ろ個人的な平安の気持ちだったのじゃないでしょうか。

最後の合唱作品は日本でも何度かナマで体験したことがあります。大野/東フィル、プレヴィン/N響が思い出されますが、私が大好きな作品の一つ。世界初演のベイヌム/コンセルトヘボウの録音も愛聴盤の一つで、懐かしく楽しみました。
これは本来はセルゲイ・クーセヴィツキーのために書かれた作品で、クーセヴィツキーのことはプロムス43でもメイン・テーマになっていることはこの時気が付きましたね。
春の交響曲には、第4部のみ(全体は4部、全12曲で構成)カウ・ホルンという特殊楽器が登場しますが、オルガン席に座った奏者が演奏。舞台から遠いストール席でも、楽器の形状や奏法も良く観察できました。

ピンチヒッターで指揮台に立ったウイグルスワースは、ソリストやプレイヤーに比べて頭一つ小さい方。髪が後退している具合やエネルギッシュな振り方から連想して、英国版広上淳一という印象。お国ものだけあって、見事に全体を纏めていました。

歌唱も夫々に見事でしたが、何と言っても合唱が素晴らしい。音程がバッチリ決まっているのはもちろん、マッシヴな迫力や多彩な音色変化にはレヴェルの違いを感じてしまいました。
合唱については、前日にカンタベリー大聖堂で聴いた響きと共通するものがあります。旋律と伴奏という構造ではなく、ハーモニーがそのまま塊となって寄せては引き、引いては寄せてくる。石造りの教会に響く祈りの音楽が、その根底にあることは明らかです。
英国音楽、特に合唱音楽は、この点を体験し理解しないと、中々日本人には近付けない世界だと実感した次第。

演奏が終了した後の聴衆の反応は凄まじいものがあります。拍手歓声はもちろん、指笛が飛び交い、足を踏み鳴らしてのアンコール。日本ではこの種の反応は全く無いと言ってよいでしょう。

またプログラムの後半が始まる前、誰が音頭を取るのか知りませんが、会場に向かって募金のお願いをしているようです(英語なので良く判りませんが)。それがまた抑揚を付けた一種の合唱なので、どうやら英国人は声を合わせて何かを主張するのが天性のものになっている様子でした。これは、少なくとも私が聴いたコンサートでは毎回のことでした。

尚、プロムスは全てBBCラジオで生中継されます。それが一週間、何時でもBBCの i Player で聴くことが出来ます。パソコンを起動してインターネットを繋ぎ、プロムスのホームページ(もちろんBBCも同様)を開いて該当日を選び、スピーカーのマークをクリックすれば番組が流れてきます。
それなりの装置やヘッドフォンで聴けば、音質はかなりのもの、会場の雰囲気は充分に伝わります。
私も今回のことがあって、全部ではないにしてもファースト・ナイトから中継を楽しんできました。各ページには一般から感想を書き込めるようになっていて、実際のホールの反応とは逆に辛口な意見が飛び交ったりもしています。
例えばノリントンがシュトゥットガルト響と演奏したノン・ヴィブラートのマーラー第9など、絶賛する人がいる一方で、凡そ最低と酷評する人もいます。そこでもユーモアを忘れないのは流石。興味ある方は是非お楽しみになっては如何でしょう。

BBCラジオ3は、何もプロムスに限らず一年中クラシック音楽を放送しています。ナマのコンサート、CDの紹介、クラシック音楽の解説やドキュメントなど多彩。私もロンドン行を決意しなければ、こういう音楽の楽しみ方があるのは知らず仕舞だったかも。その辺では行動を起こして良かったと思います。
一連の放送で面白かったのは、ストラヴィンスキーの春の祭典に関連した「国王とストラヴィンスキー」という番組。要するに春の祭典のロンドン初演に際するスキャンダルですが、拙ブログのもう一つのテーマである競馬との重要な接点。初めて知ったことですが、ブログネタとしていつか使えそうなテーマです。
それにしても、イギリスは美味しい。

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