2011プロムス・42

プロムス体験、二日目は純粋なオーケストラ公演です。前日は正味2時間半のコンサート、午後7時開演でコンサートが終了したのは9時半を回っていました。
流石のロンドンも9時を過ぎると日は暮れていて、初めてここを訪れた時(6月初め)は白夜で11時を回っても明るかったのとは違います。

この日のコンサートは予定されている演奏時間が107分なので、開演時間は午後7時半。終了予定は午後9時55分、とプログラムに掲載されています。以下のもの。

≪8月15日(月)、プロムス42≫
チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」全曲
 マリインスキー劇場管弦楽団
 指揮/ワレリー・ゲルギエフ Valery Gergiev
 コンサートマスター/キリル・テレンチェフ Kirill Terrentiev

コンサートの報告に入る前に、もう少しプロムスにまつわるエピソードを。

前日のことですが、ホールに早目に着いた我々は、ホールの施設で食事を摂ることにしました。終了時間から逆算して夕食ということになります。日本とは違ってこちらは出てくる食事の量が半端じゃありません。こちらのランチが我々のディナーに匹敵するくらい。
アルバート・ホールには様々な飲食施設があって、我々が入ったのはカフェ・コンソート Cafe Consort 。Grand Tier 階にあって、開場時間より前に入れます。チケットが無くてもOKですから、上野の精養軒的存在かな。この日はドリンクと2コースの食事を注文しました。ローストビーフは中々の美味。

この他サークル階にはコーダ Coda というレストランや、食事も出来るビアホールのエルガー・ルーム Elgar Room がありますし、夫々の階にバーが準備されています。そこで買ったビールやワインを客席に持ち込んで、開演前や休憩時にチビチビやるのかプロムス・スタイルなんでしょう。アルコールには余り縁の無い我々にはカフェ・コンソートかコーダが最適。
またエルガー・ルームでは、演奏会終了後にプロムス・プラス・レイト Proms Plus Late なる催しがある晩もあって、コンサートに関連した詩の朗読、チョッとした音楽、軽いドリンクと自由な会話が楽しめる会もある由。希望する人は休憩時間に予約し、チケットの半券で入れるそうな。
他にプロムス・プラスには、事前に演奏家や作曲家とと話ができる Intros や、Literary 、Sing 、Portraits 、Family 等々、色々とエンターテインメントの仕掛けが施されているのですね。

しかし快適なばかりでもなく、ストール階で入ったトイレはとんでもない代物。トイレといっても小さい方ですが、小便器が無く、申し訳程度に区切られた仕切りがあって、正面の壁に向かって各自放水する仕掛け。足元の溝を黄色っぽい水が流れるのですが、傾斜が十分でなく淀んだ川みたいになってます。昔、子供の頃に行った川崎球場のトイレを思い出してしまいました。
2日目の席は4階席に相当するサークル。ここでもトイレを覗いてみましたが、こちらは小便器が一つづつ設置されていてマトモ。全部のトイレを点検したわけではありませんが、施設が古いだけに、老朽化している部分も多いのではないかと想像されます。

そもそもプロムスはヘンリー・ウッドが創設した「ヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート」が発展したもので、最初はクイーンズ・ホールで行われていました。
ところがここが第二次大戦中にナチス・ドイツの空爆で焼失し、BBCがプロムスを主催することになったこともあって、以前からあったロイヤル・アルバート・ホールを改装して会場にした経緯があります。
改装前は音響も酷いものだったそうですが、このリメークが大成功し、現在ではロンドンでも最も音響効果が優れたホールとされています。但し所謂セッション録音には使われません。目抜き道路に面しているため、どうしても外部の騒音が入ってしまうからで、実際にホールに出掛けて現地で聴かないと真価は味わえないというワケ。
実際、音響は素晴らしいものです。二日目はサークルで聴きましたが、音がホールの上に昇ってくる効果もあって、実にバランスの良い豊かな響きがします。余程端っこの見難い場所を選ばない限り、席の選択には拘らなくても良さそう。第一、席番号までは指定して買えませんからね。あくまでもブロックで選択するシステム。

アリーナではどのように聴こえるか、これは来年以降の楽しみにとっておきましょう。上から見ていると、三々五々アリーナに入場してくるファンは、やはり最前列から席を取っていくようです。立見と言っても、スペースの一番後ろには一列分の席があって、老人など立っての鑑賞が辛い人は座席に早々と座ります。
開演前や休憩中は皆思い思い。寝転んで天井を見上げている人もいれば、PCを取り出して何やらキーボードを叩いている人もいる。彼方此方デジカメのシャッターを切っていても、誰も咎める人はいません。演奏が始まると、アリーナ中央より前は全員立ったまま傾聴していますが、後方は余裕があれば体育座りをして聴き入っている人もありますし、時々場所を変えながら疲労を紛らわしている人もいます。

一方、演奏家は、ラスト・ナイトでは如何にも夏のコンサートらしく、特に女性プレイヤーは華やかな衣裳で演奏していますが、それ以外のコンサートは普段と同じ黒の燕尾。各オケの定期演奏会と同じスタイルです。

ということで、ゲルギエフの白鳥の湖。

前回BBC響のときは楽員がチューニングを終え、コンサートマスターが登場するときに拍手が起きましたが、今回は楽員が登場するときから拍手がありました。東京と同じで、海外オケには歓迎の意味があるのかも知れません。
ところでマリインスキーの公演はBPとミント・ホテルが後援しているとのことで、プログラムにも両社のロゴマークが印刷されています。

「白鳥の湖」はこれまで組曲や抜粋は何度も演奏されていますが、全曲が取り上げられるのはプロムスでは初とのこと。ゲルギエフは2008年に「眠りの森の美女」全曲をロンドン交響楽団と演奏していて、いずれは「くるみ割り人形」も全曲版を演奏して三大バレエを取り上げることになるのでしょう。
こうした情報は、毎回プログラムに Previously at the Proms というコーナーに紹介されています。BBCのホームページではアーカイヴのオンライン・データベースが設けられていて、作品別、演奏家別に検索することも可能。興味ある方はこちらのURLにどうぞ。

bbc.co.uk/proms/archive.

この夜の全曲演奏は、第1幕と第2・3幕の間に20分の休憩が入ります。ということは、チャイコフスキーが書いたオリジナル(オリジナルは4幕構成)ではなく、1895年に編まれたマリインスキー演奏版として知られるもの。帰国してから手元のオリジナル版スコアを参照しながらBBCライヴで確認しましたが、全く別物と言って良いくらいオリジナルとは違いがあります。もちろん有名な場面はほとんど入っていますが、オリジナルには無いピースも多くあるエディション。

オーケストラは、弦の各パートが通常サイズより1プルトづつ少ない14型。それも対抗配置に並んでいるところは、如何にも伝統的なロシアの劇場スタイルでしょう。左(下手)奥に並んだコントラバスと木管の間にハープが置かれています。

ゲルギエフは棒を使わず、手をブルブルと奮わせる独特のスタイル。かなり速いテンポで、例えば「ハンガリーの踊り」など、カラヤンの録音で慣れた耳にはハンガリー色は希薄。これが本場のスタイルなのでしょう。
オーケストラは、テクニックと言う点では日本のオケよりも劣るレヴェル。トランペットなどあちこちでひっくり返っていました。日本の地方オケだってもっと巧い。

ただ、オーケストラは個人個人の技術より、オケ全体としての個性が大切。その意味ではマリインスキーの音は実に柔らかく、力技には頼らない優雅さと品格に満ちたもの。ゲルギーはその視点に立って、盛り上がる個所は真に効果的にオケを鳴らします。有名なパ・ダクシオンでは、ハープとソロ・ヴァイオリン、ソロ・チェロの優雅な音色に8000人の聴衆もウットリ。
最後のクライマックスも圧倒的な感動で、私の隣のオバサンなど、体を揺すった弾みでイヤリングを下の席に飛ばしたほど。終演後の大喝采の中で、周りのファンと失態を笑って讃えあっていました。

拍手・喝采に加えて、指笛と足の踏み鳴らしに応え、ゲルギエフは何度もカーテン・コール。少し寒いくらいのロンドンの夜も、会場は熱気で暑いくらいに盛り上がっていましたね。
演奏終了直後にデジカメのフラッシュが一斉に光ったのも印象的。

いずれにしても、白鳥の湖の全曲版を演奏会形式で聴けるのは滅多にないこと。それがマリインスキー版であれば尚更のことでしょう。

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