金谷の豊かな刻
昨日は懸案の内房総を訪ねた。目的は二つ。一つは高校時代に同級だった久住三郎画伯の絵を鑑賞すること、もう一つは小生の初任地でお世話になったFを訪ねること。
天気予報では曇り後晴れ、とのこと。初夏の海を眺めるべく鋸山山頂を目指す。アクアラインで東京湾を跨ぎ、初体験の館山自動車道に接続して鋸南保田で高速を降りる。
そこから山頂は直ぐ。雲も切れて初夏の太陽が眩しい中、湾を一望。空気が澄んでいれば富士山も見えるそうだが、この日は初夏でもあり、霞みが掛かり見えず。
適当に時間を測り、鋸山からも眼下に見えていた金谷美術館に向かう。
館の一室に展示されている久住三郎くんは、K大を中途で退き藝大に学んだ気骨の画家。惜しくも医療事故が原因で早逝したが、ニューヨークで岡倉天心企画以来という日本人による個展を催した人。彼の地での評価も高い。
昨年も金谷で展覧会があったが、小生は無知から見逃した。後日館のご厚意で特別に所蔵されている数点を拝観させて頂いたが、今回は6月一杯までの展示。
閑静な空間に、「ひまわり」の連作12点ほどが級友を待ち受けていてくれた。
「ひまわり」即ち Sunflower を仏語で書けばトゥルヌソル Tournesol 。ならば当方専門のサラブレッドにも縁がある、などと不謹慎な連想に遊んでいたが、画伯の、特に紙を用いた水墨画風の大作に圧倒されてしまった。
学芸員の案内で、別館の「石蔵」も見学。二階の展示室には、金谷を代表する鋸山の石切り場に関する資料が並ぶ。
昭和25年に保田海岸から鋸山を映した大きな写真が掛かっていたが、小生が小学校当時の臨海学校が保田だったことを思い、感慨に耽る。
この石蔵は、壁面に貴重な「桜目石」をふんだんに使うなど、蔵自体が国指定の有形文化財としての価値が高い。一度は脚を入れたい空間である。
第一の目的を果たし、美術館で紹介していただいた喫茶室で一服する。館とJR浜金谷駅のほぼ中間に位置する合掌造りの贅沢な空間で、ここで思わぬ体験も。
実はこの建物、飛騨高山から移築した230年の古民家で、建物自体が世界遺産級。
更に驚いたことに、金谷の町興しのために預けられているという古今東西の名画が無造作に並べられているのだ。
当方はアートにはとんと疎いが、それでも名前を、時には作品を知っている名画が所狭しと並ぶ。いや、並ぶと言うよりは「置いてある」のだ。一階はもちろん、広々とした2階にも。
ここでコーヒーが供されるのだが、これがまた本格派。所望すると新鮮な豆から挽き、パーコレーターで出してくれる。追加すれば金谷の名物になりつつあるバウムクーヘンを味わうことも可。
コーヒーには本来の果物としての酸味が、そして甘さを抑えたバウムクーヘンが実に良く舌にマッチする。絶品と言って良かろう。
この喫茶店、いや Caf’ e Gallery は「edomon’s」と言い、金谷の街に惚れ込んだ主が、毎日東京からアクアラインで通って珈琲をサーヴするのだそうな。知る人ぞ知る、金谷のアート・スポットだ。
小腹も好き、次の約束も待っているので、後ろ髪を引かれる思いでエドモンズを辞し、近くの The Fish で魚料理を楽しむ。面している内房なぎさラインには料理店が多く、何処で食しても新鮮な魚が美味い。
午後も1時を回ったので、約束してあった讃岐町のF宅に向かう。毎年年賀状のやり取りがあり、春には初物のタケノコを頂く関係だが、直接会うのは実に38年振り。田植えの手伝いを申し付かったこともある。
“全然変わらないねェ~”というのは、こちらもFも同じ。
話が散らかる内、40年前に務めていた会社の先輩、田中基之氏が画家としても大家を成し、現在同じ金谷の菱川師宣記念館で個展を開いているそうな。
“なぁんだ、知っていれば寄って来たのに”などと愚痴をこぼしつつ、金谷のアートな環境に改めて驚嘆する。
暫く昔話に花が咲いて、F宅裏山を散策。
庭では、咲き始めたばかりのウツギやミカンの花にモンキアゲハやカラスアゲハが舞う。小鳥用に設えられた餌場には、キマダラヒカゲが乱舞。確認は出来なかったが、恐らくマニアの間でボウシュウヤマキマダラヒカゲと呼ばれている種類ではないか。
時折ウグイスが啼き、遠くから雉の声も聞こえる。ここは、小生にとっては天国と譬えても良かろう。
小高い丘から見る里山の風景も懐かしく、スダジイの花が放つ強烈な香りに咽る。
Fの話では、イノシシが荒らすのが難点とのことたが、それは房総が物成りが良いということの証拠でもあろう。自然の豊かさ、市民の芸術に寄せる愛情、もてなしの心。ここには全てが揃っている。
ということで内房の一日、発見と驚き、時間と空間を超越する体験でもあった。これは癖になりそう。エドモンズ主人に倣い、足繁く通うことになりそうな予感がする。
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