記念日のシューマン
11月15日は第一生命ホールの誕生日、5周年の記念日コンサートを聴いてきました。
私はいわゆる「はれ」の日は行かないのですが、曲目につられて聴いてしまいました。
結果は期待を大きく上回るもの、大当たりでした。
まず選曲が良いですね。プログラミングを考えたのは誰でしょうか。
このホールの名物の一つに、クァルテット・ウェンズディというシリーズがあります。弦楽四重奏の連続演奏会というのは世界に例がないそうで、ウィーンでも、ロンドンでも、パリでも、ニューヨークでもやっていない。この晴海だけだそうです。
その本拠地の記念日コンサートにクァルテットは欠かせませんが、弦楽四重奏曲はシリーズで聴けるので、そうでないもの、ということで選ばれたのがメンデルスゾーンの八重奏曲とシューマンのピアノ五重奏曲。と、想像を巡らしてしまうほど良く考えられたプログラムです。
それだけではない。
この日最初に演奏されたメンデルスゾーンのオクテットは、作曲者の若書き、16歳の時の作品ですが、そもそも友人のエドゥアルド・リーツ(Eduard Rietz)の誕生日プレゼントとして献呈した曲ですよね。記念日コンサートにはこれ以上相応しい音楽はないと思います。
この夜は、これを二つのクァルテット、プレアデス・ストリング・クァルテットとクァルテット・エクセルシオが合同で演奏しました。
エクセルシオは説明の要はないでしょう。
プレアデスという団体は耳慣れませんが、実は1999年にさいたま芸術劇場のレジデンス・クァルテットとして結成されていた団体で、今年から表記の団体名で活動するということです。
メンバーは第1ヴァイオリンが松原勝也、第2ヴァイオリンは鈴木理恵子、ヴィオラを川崎和憲、チェロが山崎伸子といえば、あぁ、あの人たちか。
そう、毎年12月に第一生命ホールでアドヴェント・セミナーを担当している先生たちです。ですからホールとは深い繋がりがある。
記念日コンサートの主体は、プレアデスなのです。
プレアデス+エクセルシオが良くないわけがないでしょう。弦楽器8本の織り成すシンフォニーを堪能しました。
作品はヴァイオリンと弦楽合奏のための協奏曲という性格もあるのですが、松原勝也の素晴らしい音色が一際冴えていました。特に第1楽章提示部を繰り返してくれましたから、あのハイポジションでの妙技を大いに楽しみました。
また、フィナーレのフーガで大友→山崎→吉田→川崎→山田→西野→鈴木→松原と、順次合奏に加わっていく様は実にスリリングで、誰を見ればいいのか目移りがしてしまいましたね。
後半はシューマンのピアノ五重奏曲作品44。室内楽の大傑作です。しかし意外に出会える機会は少なく、今年はシューマン没後150年というのに久し振りに聴いたような気がします。
それにしても、これ、ホント素晴らしい音楽ですなぁ。
シューマンの室内楽の年・1842年の作品で、初演はその年の11月、シューマン家で新妻クララのピアノで行われました。クァルテットはゲヴァントハウス弦楽四重奏団、当時のリーダーはフェルディナンド・ダヴィッドです。
続いて再演が12月8日に行われたのですが、このときはクララが急病になり、急遽メンデルスゾーンが代役を務めました。
このとき弾いたメンデルスゾーンのアドバイスに基づき、シューマンは一部を改訂して今日の作品になっているのですね。
従って、メンデルスゾーンとシューマンというのは、一夜のコンサートの組み合わせとしては理想的でしょう。
そもそもピアノ五重奏という分野、ピアノと弦楽四重奏の組み合わせは、当時ほとんど知られていなかった形態でした。
これはシューマンを高名にしただけでなく、後の大作曲家たちがシューマンの作品44を倣ってピアノ五重奏の名作を書き残していきます。
ブラームス然り、フランク然り、ドヴォルザーク然り、レーガー然り、ショスタコーヴィチ然り。
この日プレアデスと共演したピアニストは長岡純子(ながおか・すみこ)さん。私は誠に失礼ながら、初めて聴きました。素晴らしいピアノ、特に室内楽ピアノとして大人のアンサンブルを満喫しました。
長岡さんはキャリア初期に何度か演奏活動を休止されたこと、オランダに移住され、ユトレヒト音楽院で教職に就かれていたことなどで、その実力にしては日本で知られる機会が少なかったのでしょう。今更というのもなんですが、私には驚きの発見でした。
シューマン、お見事です。これを聴いて不満を覚えた方はほとんどいないと思います。鳴り止まぬ拍手に促されて第3楽章をアンコール。予定外のことだったのでしょう、始める前にメンバーが大きな声で確認し合っていましたから。
アンコールが終わってもまだまだ大拍手。会場の照明を明るくしたところで、漸く記念日コンサートの幕が下りたのでした。
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