ハンス・ロット/交響曲(8)

ハンス・ロットの交響曲、沼尻竜典と日本フィルによるアジア初演のレポートです。

 

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大成功でした! 先ずは公演を成功に導いたマエストロ・沼尻竜典氏と、果敢にチャレンジした日本フィルハーモニー交響楽団の皆様に感謝し、祝意をお伝えいたします。
書きたいことは山ほどあります。しかし私は明日の公演も聴きます。残念ながら仕事のある身、朝も早いのでそろそろ就寝せねばなりません。
従いまして、これは予告編ということにします。本編は早くても土曜日の午前中には投稿する積りです。
それまで皆様、ロットを初めてナマで聴かれた感想を投稿してください。賛否、いろいろあると思います。
まだ頭の中でブラームス主題がバンバン鳴っております。興奮して、今日は眠れるかしら。
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初日は二階L-A、二日目は一階9列(定席)で聴きました。書きたいことは山ほどあるのですが、何をどう表現したら良いのか悩んでおります。いっそのこと思いついたことを片っ端から羅列しよう、それがロットの交響曲には相応しい、と考えて書き始めました。
冷静に聴いてみれば、この作品には未熟な点も多く、起承転結に無理があるのは事実です。しかしそうした欠点を補ってなお余りあるほどの斬新さ、輝き、美しさがある。演奏にも同じことがいえると思います。もちろん疵はありました。しかしそれはこの場合、問題にはなりません。指揮者・沼尻の熱意とオーケストラの真摯な演奏姿勢に些かの揺るぎはなかったのです。両日共に士気は高く、その推進力と情熱に圧倒されました。
最近、森林浴が流行っているようですが、これは正に「音響浴」とでもいえるような体験でしたね。
沼尻のプレトーク(両日では内容がかなり違っておりました、それだけ題材が多いということでしょう)でも強調されていた通り、ドイツ・オーストリアの交響曲の歴史の中で、ブルックナーとマーラーの間にある断絶が、ロットを介することによって埋まってくる、という印象を改めて確認いたしました。最初にロットのスレッドが立った時、私が真っ先に触れたのはこのことでありまして、ブルックナーとマーラーの間には何かある。ロットが発見されたのは、冥王星の発見にも似て、そこになければならない存在だったのです。
投稿頂いた皆様が同様に感じておられること、音楽史の流れに登場する作曲家達、特にロマン派のワーグナー、ブルックナー、ブラームス、ロット、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、ツェムリンスキーは、今シーズンの日フィルが一環して取り上げてきたテーマです。東京と横浜・埼玉定期に巧みにちりばめられた曲目を通して聴いてみれば、音楽の、作曲の秘密を垣間見ることができるのです。これこそがオーケストラの演奏活動では最も大切なことだと考えます。その意味でも、ロットを初演したことの意義は極めて大きいのです。
これがただ単に一つ一つの演奏会がバラバラに選択されたわけではないことは、次の一事によっても明らかでしょう。
日フィルが毎月発行している「かえる新聞」の最新号に、12月定期を振る広上淳一のインターヴューが掲載されています。広上はこの中でハンス・ロットの名も挙げております。彼はブルックナー(第3ミサ)を指揮するのですが、日フィルの「テーマ」をキチンと弁えていることの、これは動かぬ証拠です。(某オーケストラでの再演は広上が振るのかな。そう考えるとゾクゾクしてしまうのです)
また、日フィルのプログラムは、毎回小澤一雄氏のイラストを表紙に使っておりますが、今回はロットの陰にマーラーを配し、作品をそれとなく暗示しています。確か3月のドヴォルザーク(第7交響曲)では、同じ趣向でブラームスが描いてありました。見れば笑ってしまうのですが、こんな些細な事にもオーケストラの目指している方向が窺われるのです。
さて、私は長い間「巷の評盤」でロットの、特に交響曲についていろいろ書いてきました。我ながら随分のめりこんだものだと思います。いざ初演の日を迎えると些か不安を覚えた、というのが正直な気持ちでした。レコードと楽譜だけで下した判断が誤っているのではないか?
しかし実際にロットが書いた音符が現実の音となり、第1楽章が終結したとき、私はこの演奏が成功裡に終わることを確信しました。サントリーホールに響き渡った音楽は、遥かに期待を上回るものでした。全身の鳥肌が立っているのが分かります。最初からこんな大熱演で後が続くのだろうか?
それも杞憂に終わりました。もう私は完全に打ちのめされ、暫くは放心状態であったと思います。
忘れないうちに細かいことを記しておきます。初日、私が選んだ席はオーケストラを鳥瞰できるところ。事前にスコアを眺めていて、どうしても観察したい点が二箇所あったのです。①フルートに尋常でない高音を要求するところがあり、楽譜ではピッコロによる代奏を指示しているのですが、ここをどのように持ち替えて演奏するのか ②第2楽章にティンパニが二人いなければ演奏不可能な書法があるのですが、ここをどう解決するのか。
①は、フルート首席奏者が持ち替えて演奏していました。普通、仮にフルートが二人なら二番奏者がピッコロを担当するのですが、ここでは首席(立川和男氏、彼は日フィルの至宝といっていい存在です)がピッコロに持ち替えました。今回使用されたハーゲルス版(版については「巷の評盤」か日フィル・ホームページのマエストロ・サロンを参照して下さい)の指示通りで、大変珍しい光景です。ただし持ち替えのために続けて演奏できなくなる部分は、当然ながら吹けません。実際問題としてここはフルート一本少なくても、全体の大音響には些かの影響も無いのです。
②にはビックリしました。トライアングル奏者がティンパニも兼務したのです。この箇所(楽譜をお持ちの方は73ページ、第115小節です)の最初の音は、トライアングルも同時に鳴らすように書かれています。件の箇所で、トライアングル氏はそれまで左手で持っていた楽器を手前に吊るし、左手でトライアングルのスティックを持つと、右手はティンパニの撥を取り上げて一閃。二つの楽器を同時に叩いたのでありました。更にトライアングルのスティックをもう一本のティンパニの撥に咄嗟に持ち替え、右は H、左は Fis を奏し続けるのです。もちろんティンパニ奏者(森茂氏、彼も日フィルの看板奏者で、終始惚れ惚れするような妙技を披露してくれました)は H をトレモロで実に16小節に亘って叩き続けるのです。
全体の演奏に話を戻します。
第3楽章(書いていないが明らかにスケルツォ)の凄まじさを何に譬えるべきか。金管は本来ホルン4、トランペット3ですが、第3トランペット以外は全てアシ(アシスタント=補助奏者)をつけていました。ロットのスコアはこれら金管に過剰なほどの要求をしているのです。ここはアジア初演でもあり、奏者の負担を少しでも軽くし、演奏上のリスクを回避するための適切な処置だったと考えるべきでしょう。
これにトロンボーンを加えた金管群がここぞとばかりに荒れ狂う。マーラーが第1交響曲や第5交響曲の同じスケルツォにパクッたとされる音楽。時に阿修羅の如く突進するかと思えば、突然楽しげなレントラーに豹変し、聴く人を全く飽きさせない。こちらは演奏に惹き込まれながらも、身体は仰け反って行くのが分かります。
スケルツォを終え、止めていた息を吐き出したところでチューニング。いよいよ最後の長丁場、第4楽章。ここはもうロットが書きたかったことを全てぶちまけたような音楽で、ワーグナー、ブルックナー、ブラームスが乱舞する。もちろんマーラーも頻繁に聴こえて来る。しかし響きは完全にロットの個性で塗り固められているのです。
マエストロ沼尻の徹底して音楽に没入した指揮、持てる能力の限界まで出し切って食らい付くオーケストラの面々。“清濁併せ呑む”が如き響きの奔流が会場を満たしていったのでありました。最後のホ長調の和音が空間に静かに消え行った後、聴衆も演奏に負けないくらいの喝采で応えました。演奏が終わった後の静寂、これは明らかに二日目が優れていました。早くなく、といって遅くもなく、どこからか低い“ブラボ”の呟きに誘われるが如く、万雷の拍手が巻き起こったのです。
かくしてロットの交響曲、そのアジア初演は大成功の内に幕を降ろしました。
しかし音楽とは、作曲とは何なのでしょうか。私がこのコンサートから受け取ったメッセージは、この問題でした。我々はパクり、パクられ、などと茶化してきましたが、もっと真剣に考えるべき問い掛けがあったように思います。
ここにはワーグナー、ブルックナー、ブラームス、マーラーなどの顔が垣間見えます。作曲家は Composer 即ち、「構成する人」でしょう。素材そのものは共用したってよいのです。ルネサンス期は、作曲とはそういうものでした。如何に素材を組み立てるか・・・。「ス・ラ・ファス・エ・パール」のミサとか、「ロンム・アルメー」のミサなどは同じメロディー(当時の俗謡でしょ)を使って何人もの人が作曲しています。作曲家はメロディーを発明する人ではないのです。
現代は、作曲とはメロディーを書くこと(一部だとしても)と思われているのではないか。それは違う、と思うのです。作曲とは、如何に素材を再構築するか、その設計・建築のノウハウこそ作曲家の個性で始まり、時代の様式に昇華され、時を経て伝承されていくべきものではないのか。
であるからこそ音楽は、特にクラシック音楽は人類にとって遺産となるのだと。
聴衆に大きな問いを投げ掛けたこの日の演奏は、音楽の歴史に消すことの出来ない刻印を掘り込んだといえるでしょう。これに立ち会うことのできた人たちは幸せです。どうか孫子の代までも語り継いで行って欲しいと思います。

 

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