びわ湖のサロメ

10月12日の日曜日、びわ湖ホールでサロメを観てきました。その感想。主なキャストをまず、
《沼尻竜典オペラセレクション》
リヒャルト・シュトラウス/歌劇「サロメ」
 ヘロデ王/高橋淳
 ヘロディアス/小山由美
 サロメ/大岩千穂
 ヨハナーン/井原秀人
 ナラボート/吉田浩之
 小姓/小林久美子
 ユダヤ人/二塚直紀、竹内直紀、清水徹太郎、山本康寛、迎肇聡
 ナザレ人/相沢創、竹内公一
 兵士/松森治、服部英生
 カバドキア人/安田旺司
 奴隷/黒田恵美
 指揮/沼尻竜典
 オーケストラ/大阪センチュリー交響楽団
 演出/カロリーネ・グルーバー
 舞台美術/ヘルマン・フィヒター
 照明/山本英明
この公演はポルトガルの国立サン・カルロス劇場との共同制作で、この日のびわ湖がプレミエ公演。びわ湖では1日だけの上演で、このあとはポルトガルで同じ演出が見られるようです。
私にとっては、去年のこびとに続き二度目の大津遠征。これまた去年に続き、オスカー・ワイルドの原作に基づくオペラです。沼尻監督のこだわりが感じられますね。
何かと物議を醸したびわ湖ホールですが、見た目には去年と変わらない佇まい。内部はいろいろ変化があるのでしょうが、東京からの一遠征組には具体的に目立ったものは見当たりませんでした。
客席は完売とは行かなかったようですが、去年のツェムリンスキーに比べれば随分入っていました。9割は埋まっていたように見えましたが、どうなんでしょう。
その客席、極めて批評家率の高いもので、名前は知らねど、“あ、あれ批評家だ、東京から来てる”という顔をいくつも見つけました。
演出家も舞台美術家も客席で舞台を確認しています。
さて感想。
舞台が開いて直ぐ、私は“今日はブーが出るな”と直感しましたね。それは見事に当たったのですが、まずそのことに触れなければなりますまい。
舞台中央にブランコが置かれ、上手(向かって右側)には滑り台とままごと遊具などが置かれています。
幕が開くと少女がブランコに乗り、バルコニー風の背景からは多くの目が彼女を「見つめて」います。しばらくの沈黙の後、音楽が始まる。
この少女、演出家のプログラムノートによれば、サロメの魂を表しているのだそうで、オペラ全編を通して舞台上に存在しています。もちろん黙役。
(サロメは幼い時からずっと人に見られる存在として生きている)
これがこの演出の第1のポイントとすれば、第2はサロメがナラボートと小姓をナイフで刺殺すること。本来はナラボートは自殺するし、小姓は死にません。ここはあきらかに読み替えであって、演出家の解釈が表に出ていると思われます。
この刺殺、オペラの最後で、本来ならヘロデ王の命に拠って兵士に殺されるはずのサロメが自害することに変えられているのでした。
(この演出では、ヨハナーンは小姓に惹かれているという解釈で、小姓→ナラボート→サロメ→ヨハナーン→小姓、という片想いの愛の対象が循環し、最終的には環状に完結する構造になっているようです。演出家グルーバーの愛に対する解釈が出ている箇所)
更にサロメの7枚のヴェールの踊り。これを楽しみにしていた聴衆も多かったでしょうが、この演出では踊りは一切ありません。
舞台上で展開するのは、ヘロデ王、ヘロディアス、サロメの3人による家族水入らずの団欒。ヘロデ王の誕生日パーティー。ヘロディアスは洗濯物にアイロンがけをするし、ヘロデとサロメはオセロゲームに興じたり、バドミントンを始める始末。音楽に合わせてサロメがリコーダーを吹くと、ヘロデ夫妻が喝采する等々。
(当然ながら矛盾が生じます。サロメはヘロデ王の実の子ではなく、実父はヘロデ王によって殺害されているのですから)
実はこれはサロメの夢。踊りの音楽の開始と同時に照明が完全に落とされ、最後も同様に暗転。パントマイムが演じられている間(サロメの踊りの音楽の間)、彼女の魂である少女は舞台上手で眠っていることでも、それは明らかです。
「サロメがもともと持っている夢や、満たされないが憧れているもの」をここで見せることによって、サロメの悲劇と対照して見せようという演出の意図でしょう。
即ちグルーバーの演出は、サロメという人物そのものに焦点を当ててオペラを展開しよう、と言うことなのです。
これを理解するかどうか、理解できたとしても納得できるかどうか。それがこの演出に対する評価の分かれ目でしょうね。
私はどうだったかと言うと、頭で理解することは可能でした。しかし納得できたかと言えば否。舞台はあまりにも多くの事が乱雑に、かつ同時に進行していくので、音楽に、歌に集中できなかった憾みが残ります。
グルーバーの意図にしても、重要なポイントを際立たせるまでには練り込みが不足しているような感想を持ちました。
プレミエ公演ということで、本来ならこれを元に修正が加えられたり、演出手法の一段の昇華が図られるはず。残念ながらたった1回の公演ではそれも果たせないでしょう。ポルトガルまで観戦に行けば別でしょうが・・・。
ということで、演出に対しては客席から盛大な“ブー”がかかりました。
キャストについては、「日本人による最高水準のレベルの公演を実現します」と豪語していただけあって、立派なもの。日本人だけでもこれだけのサロメを上演できる、と。
個々に付いて若干触れると、高橋/ヘロデ王と小山/ヘロディアスは貫禄プラス実力。堂々たる存在感でした。
井原/ヨカナーンと吉田/ナラボートも秀逸。
主役のサロメ、これはやはり難役です。大岩/サロメも大健闘でしたが、ここではやや力不足を感じてしまうのは致し方ないでしょうか。
そもそもサロメは15~16歳という設定。その意味では彼女の学生風衣装(黙役の少女と同じ衣装)や、むしろリリカルな歌唱も計算の内かも知れません。
客席から最も大きな喝采を浴びたのは、やはり沼尻竜典と大阪センチュリー管。それは私も同感。
沼尻セレクション、来年は何を取り上げるのか、そもそも来年もあるのか否か、これから一年の動向が気がかりな琵琶湖周辺です。

 

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3件のフィードバック

  1. Sonnenfleck より:

    いつも楽しみに拝読しております。
    私も昨日、名古屋からびわ湖へ向かいました。演出に関しては(お言葉をお借りすると)「納得できた」ので、自分としてはブーの層の方が厚かったのはショックでしたが(笑) 歌手もオーケストラもすべて含めて見ると、なかなか完成度の高い公演だったように思います。
    メリーウイロウさんの簡潔にして整理されたレヴューを前にしまして、まるで昨日のグルーバー演出のようにとっ散らかっておりますが(^^;;) 当方の感想文をTBさせていただきます。

  2. 慎太郎 より:

    私も神奈川県から『サロメ』をたのしみに琵琶湖ホールに出かけた。
    しかしサロメの衣装を目にしたとたん、嫌な予感がした。
    その予感は見事に当たり、ほとんど舞台には目を向けず、聴くだけの、
    楽しみ半ばの『サロメ』の観賞だった。
    そして今でも、演出者の意図するところは理解不能。
    遠方から出かけて、一寸損したかな・・・と思ってしまう。
    上記批評に全く同感だ。   大木 正勝

  3. Pelleas より:

    私は関西在住なのですが、演奏会は普段は「室内楽9割、オケ1割」な感じで、オペラは今回のびわこの「サロメ」が初体験でした。
    たしかにサロメの衣装を一目見た瞬間がっくりしましたし、その後の展開を見るにつけ、「なんでこんな演出やねん」と怒りすら感じましたが、オケと歌はおそらく最高級ではないかと思います。

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