再生音楽の楽しみ

先日の日曜日、都内某所にて今は珍しくなったレコード・コンサートが行われました。
私がクラシック音楽馴れ初めの頃は未だレコード盤は高価で、ラジオと共に重要な情報源だったのが喫茶店などで開催されるレコード・コンサートでした。当時はレコード会社の販売促進の一環としても行われることが多く、会場が狭いこともあっていつも熱気にあふれていたものでした。

さて日曜日の会はこういう趣旨のレコードコンサートではなく、「再生音楽」そのものを聴きながら広くクラシック音楽の歴史に想いを馳せよう、というもの。レコードといってもCD、一部パソコンを通して再生した音源もあります。
ここではこの日取り上げられた録音をかいつまんで紹介し、私的な感想も綴っておきましょう。一応「コンサート」という形式で、途中に休憩を挟んで前半が「名曲の世界初録音」、後半は「自動ピアノで聴く大作曲家の自作自演」という構成。司会と解説は、こういう事例に詳しい某プロの演奏家にお願いしました。

前半で紹介された世界初録音は以下の順。もちろん全曲ではなく、サワリだけという進行です。

①1909年に録音されたグリーグのピアノ協奏曲から、第1楽章冒頭。バックハウスのソロをロナルド指揮の新交響楽団が伴奏したもの。聴き所は冒頭のティンパニで、とてもティンパニの音には聴こえない所が却って聴き所でした。

②1914年録音のチャイコフスキーの交響曲第5番。ロマーニという人が指揮したミラノ交響楽団の演奏とありますが、今回使用したCDには第2楽章しか収録されておらず、その一部を。音質の悪さは相当なものですが、当時のスタイルであるポルタメントの多用が特徴。会場に集まった人からも苦笑続出で、解説者も“今こんな演奏をしたら総スカンを食いますよ”とのこと。

③1920年に収録されたドヴォルザークの新世界交響曲の世界初録音は、ロナルド指揮のアルバート・ホール管弦楽団による演奏。ここでは第4楽章の冒頭が紹介されましたが、いきなりトランペットによる主題が登場、最初の序奏部9小節はカットされて録音されていました。当時は収録時間に制約があり、大幅カットは当たり前。これはグリーグやチャイコフスキーでも同じです。
なお、私の手元には「世界レコード作品辞典」(訳してWERM World Encyclopedia of Recorded Music)という書物がありますが、帰宅して調べると当録音は記載がありました。①と②はWERMにも載っていない貴重な録音です。

④1921年盤シューベルトの「未完成」交響曲の第1楽章は傑作でした。当時の録音は大掛かりなラッパの前で直接演奏したものをロールに刻んで集音する方式で、超低音は技術的に収録できなかった由。そこで初録音のメーリケ指揮する大交響楽団の演奏は、冒頭旋律にチューバを重ねて演奏しています。現代の録音との乖離感が何とも言えず面白く聴けました。これは全曲カットなしの初録音だそうですが、全部を聴く時間的余裕はありません。

⑤同じ1921年に録音されたベートーヴェンの交響曲第7番の初録音は、コーツ指揮する交響楽団(単にこの表記)による演奏。第4楽章が紹介されましたが、現代では考えられないような超高速テンポに唖然とします。何でもベートーヴェンが指示したメトロノームを再現したのだそうで、さすがに弦楽器はついて行くのがやっとという印象。

⑥1924年録音のベルリオーズの幻想交響曲は第4楽章冒頭。ルネ・バトン指揮するパドルー管弦楽団による録音で、このオーケストラは当時現役で活躍していた本物!の団体。

⑦1925年にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を初録音したのはイエリー・ダラニというハンガリーの女流ヴァイオリニストで、バルトークがソナタを献呈した人でもあるそうな。スタンリー・チャップルという人が指揮したエオリアン管弦楽団の伴奏。最早現代では聴けない上品な演奏を第1楽章冒頭で。

⑧1930年に録音されたフォーレのレクイエムからピエ・イェズを。歌手の名前は読み難いのですが、マルノリー・マルセイヤックとしておきましょう。ギュスターヴ・ブレー指揮のバッハ協会合唱団・管弦楽団の演奏で、これもWERMに記載がありました。この録音はこれまでとは違ってマイクロフォンによる方式で、明らかに音質が格段と良くなったことが聴き取れます。

⑨シューマンのチェロ協奏曲が世界初録音されたのが1934年というのは意外な感じ。名手グレゴール・ピアティゴルスキーのソロを、ジョン・バルビローリ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団が伴奏しています。ここまで来ると現役でも通用する音質で、当然WERMにも載っており、ナクソスのNMLで全曲を聴くことが出来ます。ここではカデンツァから第3楽章にかけてが再生されました。

⑩前半の最後は、1935年録音のガーシュウィン作曲ラプソディー・イン・ブルー。ヘスス・マリア・サンローマというピアニストとアーサー・フィードラー指揮ボストン・プロムナード管弦楽団の演奏。これも前記シューマン同様WERMにもあり、NMLでも聴けます。解説は冒頭のクラリネットの吹き方についての歴史を紹介、あのグリッサンドはホワイトマン楽団の名手が遊び心で実行したものが現在でも慣習になっているのだとか。

以上で前半は終了。こういう会ですから休憩時も珍しい音盤が流され、中でもマーラー自身が弾いたピアノ・ソロで交響曲第5番の第1楽章は聴きもの。後半のテーマでもある自動ピアノを録音したもので、改めてマーラーがピアノも名手だったことが判りました。

ということで後半は自動ピアノで聴く大作曲の自作自演。録音された曲名は省略しますが、グリーグ、サン=サーンス、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーを次々に紹介。中でもストラヴィンスキーの妙技は現代のピアニストでも真っ青になるほどで、作曲家としてよりピアニストとして大成した方が良かったんじゃないかと思うくらい。
これらはNMLでも聴くことができ、「自動ピアノ演奏集」という音盤が何種類も出ています。

さらに演奏スタイルが昔は如何に違っていたかという話になり、実例としてロン/ティボーのコンビによるドビュッシーの/ヴァイオリン・ソナタ。もしこの演奏で現在のロン・ディボー・コンクールに出たら予選で確実に落されます、というジョークも。

話は更に続き、SP録音も当時の最高級装置で再生すると如何に素晴らしいかという話題。サラサーテによる自作自演、若きメニューイン、ハイフェッツ、エルマンなどが取り上げられました。これもNMLで配信中。
これで本題は終了しましたが、アンコールの様な意味合いで珍しい作品の「再生音楽」も。トルストイ作曲のワルツ、 ドクトル・ジバゴで有名なパステルナークが作曲した前奏曲、ディアギレフ作の歌曲、多彩だったニーチェの歌曲を何とフィッシャー=ディスカウの歌で、という具合。

それでも時間制限がある訳ではなく、来場された皆さんのリクエストでメンゲルベルク指揮のマーラー第4交響曲、ラフマニノフの自作自演盤ピアノ協奏曲第3番などキリがありません。

最早絶滅したと考えていたレコード・コンサートでしたが、聴き手の皆さんは実に熱心で、様々な質問を浴びせます。改めて「再生音楽」にはファンが多いということを痛感した午後でした。

 

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