半世紀振りに聴いた協奏曲

漸く冬の気配が感じられるようになってきた首都圏、昨日は時雨る空を気にしながら川崎に出掛けました。
神奈川フィルがコンチェルトに拘って開いた「名曲への招待」と題した特別演奏会です。以下のもの。

ヘンデル/合奏協奏曲変ロ長調作品6-7
シェーンベルク/弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲変ロ長調
     ~休憩~
バルトーク/管弦楽のための協奏曲
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
 指揮/現田茂夫
 弦楽四重奏/ウェールズ弦楽四重奏団
 コンサートマスター/石田泰尚

敢えてこの演奏会を選んだのは、2曲目に演奏されるシェーンベルクを聴きたかったから。そもそも弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲というジャンルは極めて作品が少ないし、名前だけで実際に演奏を聴いたことが無かったウェールズQという団体も聴いてみたいという動機もありました。
実はシェーンベルクの珍しい協奏曲をナマで聴くのは、今回が2度目。古い記録を紐解いてみると、私が最初に聴いたのは1966年、丁度50年前のことでした。当時は定期会員だったN響の定期で、岩城宏之の指揮、共演はあのジュリアード弦楽四重奏団。当時のプログラムなどは手元になく、残っているのは記憶だけですが、あの時のジュリアードはロバート・マン、イシドール・コーエン、ラファエル・ヒリアー、クラウス・アダムというメンバー構成(彼等の第2期)だったと思います。
その時どんな音がしたか、どういう演奏だったかも忘れてしまいましたが、上野の文化会館3階Lから見下ろしていた舞台の様子だけは生々しく覚えています。休憩の後に演奏されたショスタコーヴィチの第5も、切々たるチェロのユニゾンの響きが微かに耳の底に残っているだけ。

それ以来シェーンベルクはご無沙汰していましたが、1970年の1月に当時ヤマハ銀座店でシャーマー社から出版されていたスコアを見付けてゲット。手元のスコアは6ドルの値札が付けられ、日本円で2160円。つまり当時のレート、1$=360円そのままです。
私はこれが日本初演かと思っていましたが、上には上があるもの。実はこれに先立つ8年前、日本フィルが渡邉暁雄の指揮で1958年11月に取り上げたのが日本初演なのですね。クァルテットは当時の日フィルの首席奏者たち、即ちブローダス・アール、鈴木純子、河野俊達、黒沼俊夫という錚々たる顔ぶれ。セカンドの鈴木さんはこのあと柴田南雄氏と結婚されたのですから、我々も凄い時代を生きてきたものです。来月は柴田南雄作品の演奏会にも出かけますが、懐かしい顔を拝めるかもしれません。

思い出話ばかりですが、昨日はシェーンベルクの原作であるヘンデル作品が同時に演奏されるというのも楽しみ。予習の積りで作品6のスコアにサァッ~と目を通してみました。で、一つ発見。作品6は12曲から成る合奏協奏曲集 Concerti Grossi ですが、シェーンベルクは何故その中から7番を選んだのでしょうか。
ヘンデルに限らずバロック期のコンチェルトは、ソロ楽器群(この場合はヴァイオリン2本とチェロ1本)と弦楽合奏とが掛け合いする形で書かれており、ソロ楽器群をコンチェルティーノ Concertino 、合奏群をリピエーノ Ripieno と呼びます。夫々がソロ Solo とテュッティ Tutti で交互に弾き交わしますが、ここまでは教科書に書いてあります。
ところで作品6は、どれも何処かの楽章で必ずソロとテュッティが交替するのですが、7番だけは全4楽章全てがリピエーノ、即ちテュッティだけでソロ部を持たないということを発見(大袈裟ですが)しました。これこそが、シェーンベルクが敢えて弦楽四重奏(ソロ)と管弦楽(合奏)によるコンチェルトにアレンジしようと考えた理由ではないか、と。これは私の勝手な解釈ですから、絶対に信用しないように。

ということで最初のヘンデルと、続けて演奏されたシェーンベルクを懐かしく、且つ新鮮な耳で味わってきました。どちらも単独に演奏されたのでは、然程記憶に残るような音楽ではなかろうかと(ヘンデルさん、シェーンベルクさん、御免なさい)思いますが・・・。
シェーンベルクの編曲(作曲と言うべきか)では第1楽章に(書かれた)カデンツァが置かれていたり、第3楽章が時間的にも拡大されていたりと、ヘンデルとはかなり風景が異なります。四重奏のパートは通常の弾き方に加え、スル・ポンティチェロ、グリッサンド、コル・レーニョなど多彩な技法が駆使され、演奏も高度なテクニックが要求されます。
オーケストラも2管編成にピアノ、ハープが加わり、ティンパニの他7種類の打楽器が使われる大編成。弦楽四重奏とのバランスを取るのも難しい作業でしょう。

ウェールズ弦楽四重奏団 Verus String Quartet はファーストが神奈フィルのコンマスでもある﨑谷直人、セカンドが三原久遠、ヴィオラ横溝耕一、チェロを富岡廉太郎というメンバーで、今年が結成10年。オケに室内楽にと多彩な活動を展開し、来年4月には名古屋フィル定期でハインドソンという作曲家の弦楽四重奏と管弦楽のための新作を日本初演する予定とか。
この新作はシューベルトのト長調四重奏(第15番)の第1楽章を題材とする幻想曲だそうで、その予告を兼ねてか、この日はシューベルトのロザムンデ四重奏曲からメヌエット楽章がアンコールされました。

そのウェールズ、今回のコンサートだけで云々は憚られますが、四重奏というより4人の集まりという印象。例えば先日のクァルテット・エクセルシオをドイツ紙が批評した“volkommen homogene Gruppe”という表現が当て嵌まらないのです。次に期待しましょう。

冒頭のヘンデル、弦は人数で5-5-4-3-2という構成にチェンバロが参加。楽章最後のカデンツを構成する部分ではチェンバロが即興句を奏でていました。
最後のバルトークは、私が経験した中では最もゆっくりしたテンポ。やや緊張感が途切れる個所があったのは残念。

ドイツ人でありながらイギリスで大成功したヘンデル、第2次世界大戦のためにアメリカに居を移したシェーンベルクとバルトーク。単に「Concerto」の三つの形を揃えたというに留まらず、漂流した作曲家の「協奏曲」を並べたという意味でも興味深いコンサートでした。

 

 

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