弦楽四重奏の旅・第4回

クァルテット・エクセルシオ(通称エク)が一昨年からスタートしている「弦楽四重奏の旅」シリーズ、昨日はサントリーホールのブルーローズで第4回が行われました。最初の2回は今は閉鎖されてしまった津田ホールで行われましたが、去年と今年は赤坂に会場を移しての公演です。
アンコールの前に大友チェロが話題にしていたように“流浪の旅”。今後も「旅の弦楽四重奏」となるのか・・・?
これまでチェコ、ドイツ・オーストリア、ロシア・フランスと回ってきた作品群ですが、今回はドイツ・オーストリアから南へ、アルプス山脈を越えてイタリアに入り、再びライン河畔に戻るというコース。

ヴォルフ/イタリア・セレナーデ
ヴェルディ/弦楽四重奏曲ホ短調
     ~休憩~
プッチーニ/弦楽四重奏曲「菊」嬰ハ短調
シューマン/弦楽四重奏曲第3番イ長調作品41-3
 クァルテット・エクセルシオ

前回は午前11時半開演という試みでしたが、今回は普通に午後7時開演のパターン。夕方になって雨が強くなり、恒例のエク天気を衝いて赤坂に旅します。
最初にプログラム全体に触れると、イタリアが歌の国ということもありましょうが、4曲とも「うた」と縁の深い作品であることが分かります。事前にそう思ったのではなく、エクの演奏を聴いているうちに「うた」心に気付いたというのが正直な感想でした。

もう一つ、4曲とも♯系の調性で書かれているというのも特徴でしょう。敢えて記されていませんが、冒頭のヴォルフは♯一つのト長調ですよね。先週金曜日の日フィル定期で♭系交響曲ばかり3曲を聴いたばかりなので、調に拘る耳になってしまったのかもしれません。
そのヴォルフは何と言っても歌曲の作曲家。セレナーデを書いていた当時は「イタリア歌曲集」も並行して作曲しており、ヴォルフのイタリアへの憧れが反映されています。レーガーが補筆完成したオーケストラ版もありますが、ヴォルフが本当に書きたかったのは弦楽四重奏でしょう。
スコアを見るとフォルテは3つからピアノは4つまで、幅広いダイナミックスの中に軽やかなイタリアの風を呼び込むのは結構難しい作品。エクは以前に第一生命ホールのクァルテット・プラスという企画でも演奏したことがあり、今回も緻密なアンサンブルで軽やかにイタリアの空気を感じさせてくれました。(因みに、この時もシューマンの3番との組み合わせ)。

続くヴェルディは今夏蓼科でも演奏した一品。最初から「アイーダ」の世界で、聴き手は愈々アルプスを越えて歌の国に入ります。第3楽章の中間部はイ長調で歌われる堂々たるバリトンのソロ。全編を通じて仮面舞踏会だったり、ファルスタッフだったりと、ヴェルディにしか書けないクァルテットを堪能しました。

休憩後最初に演奏された短い「菊」は、第一音が発せられた瞬間からプッチーニの世界。これはもう誰が聴いたって「マノン・レスコー」で、偉大な作曲家というものはどんな編成で書いてもその個性が出てしまう、と改めて感心してしまいました。
ヴェルディとプッチーニはもちろんオペラの作曲家ですが、時代の違いがあるとは言いながら、個性の違いの方が遥かに作風の相違に表れていると思います。プッチーニの4楽章制のクァルテットなんて想像できない。

締めはシューマン。ここまで聴いてくると、ここは「詩人の恋」の世界としか言いようがありません。もちろんシューマンは先ずピアノの作曲家であり、次いで歌曲、室内楽、オーケストラと広がるのでしょうが、私にとっては歌曲の作曲家というのが真っ先に来るイメージですね。
第3番は先月モディリアーニQで聴いたばかりですし、エクやエルデーディにも触れてきました。ですが共通しているのは、アウフタクトの感覚と、「うた」。特に今回はオペラ界の巨匠二人の音楽を聴き、イタリア趣味を残したままアルプスを越えてドイツに戻ったのですから尚更でした。エクの演奏もパワーの配分が良く考えられていて、聴き手を安全な旅路に誘ってくれます。

思えばシューマンもヴォルフも精神を病んで入院するという経歴があり、前者はライン川に身を投げ、後者はトラウン湖で入水自殺を謀るという共通点も。精神的には健康的だった(?)イタリアの二巨匠と、壊れ易いメンタルを孕んだ二人の独墺人に共通するのは「うた」というのは、後から見直せば実に良く出来たプログラムじゃありませんか。
この日のアンコールは、最後に演奏したシューマンに敬意を表してトロイメライ。ピアノ曲をシューマンより40歳年下のハンス・ジットが編曲した弦楽四重奏版で。この有名な一品は、ピアノ曲でありながら歌詞があってもおかしくないほどにメロディアスな音楽で、最後に残るのは正しく夢の世界でしょう。

旅シリーズはオーケストラのファンに室内楽の世界を覗いてもらおうという趣旨でスタートしましたが、今回ばかりは声楽のファンを室内楽に近付けるのに最適な会だったようにも感じられました。
来年は何処へ連れて行ってくれるのか、旅は未だ未だ続くでしょう。

最後にここ数年一貫しているシーズン主催公演プログラム。今期(2016/17)はベートーヴェン全曲演奏やドイツ楽旅があってやや変則的なシーズンで、プログラムが一般に手渡されたのは今回が最初。
いつもと構成は同じですが、先のゼーリゲンシュタット「小さな弦楽器音楽祭」公演リポートが渡辺和氏の手で、またドイツ2紙に掲載されたレポートが新谷崇氏の訳で掲載されています。同行した諸氏も行かれなかったファンも、貴重な資料として保存すべきプログラムでしょう。

 

 

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