日本フィル・08年10月東京定期聴きどころ

恒例のデータから見た聴きどころです。
10月は尾高忠明の指揮、プログラムは、①モーツァルト/交響曲第35番「ハフナー」 ②三善晃/交響三章 ③ラフマニノフ/交響曲第3番 の3曲。
尾高は12回目の東京定期登場、日本フィルで特別な肩書きのない日本人指揮者としては、極めて多い回数といえましょう。それだけ相性が良い、ということかもしれません。
マエストロの初登場は1976年4月の第281回定期、東京文化会館でのコンサートでした。それ以後の記録は、「日本人指揮者記録集18」を参照してください。
これまで取り上げてきた作品を大雑把に分類すると、(1)英国作品 (2)ロシア音楽 (3)ドイツ・オーストリアの作品 (4)日本人作曲家 ということになりましょうか。
12回目の今回も、モーツァルト、三善、ラフマニノフ。尾高氏が得意とするレパートリーを取り上げた形です。
尾高忠明については、これまでやや評価が割れてきたような気がします。
私が実際に尾高/日本フィルを聴いたのは、確か記録集の5(第420回)が最初で、あとは7以降の定期は全て聴いております。
私の印象を正直に申せば、最初の頃は楽譜を忠実に音にするタイプという感じで、特別に強い印象の残る指揮ではなかったと思います。日本フィルのマエストロサロンで何度かご本人に接した記憶でも、音楽よりお話のほうが面白い方、というイメージが強いものでした。
しかし、現在の私の評価は全く異なるものです。よく“指揮者は60歳を過ぎてから”と言われますが、「円熟」という表現がこれほどピッタリくる指揮者は、尾高忠明以外にいないのではないか、とすら思っています。
私がこの「変化」を強く意識したのは、まさに前回登場時のマーラー第4交響曲、続いて読売日響を指揮した際のドヴォルザークでした。
これらの演奏も決して特別な解釈を施していたわけではありませんが、作品の良さと氏の音楽に対する愛情が滲み出すが如く、自然に伝わってくることに目を瞠るものがありました。これまでの氏の指揮からは感じられなかった体験です。
つい先日も札幌交響楽団の定期でブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」を聴いて来ました。これもマエストロ入魂の名演、と評すべきもので、素晴らしい体験でした。今回の定期、事前のマエストロサロンでの解説、共に楽しみにしているところです。
指揮者についての感想が長くなりましたが、データ面から見た今回のプログラムについて。まずモーツァルト。
モーツァルトは作品数が多いこともあって、日本フィル定期で取り上げられた作曲家の作品数でダントツ1位に君臨します。これまで58曲が取り上げられ、演奏機会の総数は129回にも及びます。
中でも交響曲第35番は最多演奏回数を誇る作品で、これまで何と8回も演奏されてきました。今回は9回目、第2位の交響曲第40番とは2回の差になります。
8回の内訳は、渡邉暁雄が3回。、あとは5人の指揮者で、沼尻竜典、ペーター・マーク、ヤーノシュ・フェレンチク、リン・トゥン、オスカー・ダノンという記録です。
尾高のモーツァルトという点では、管楽器との協奏交響曲と交響曲第40番に続くもの、3曲目のモーツァルトになります。
続いて三善晃。
尾高氏のレパートリーの重要な柱である日本人作品は、これまで5人の作曲家の5作品が演奏されてきました。内訳は記録集で確認して頂きますが、日本フィル・シリーズの第36作として湯浅氏の内触覚的宇宙Ⅴを世界初演しているのが目を惹きます。これは素晴らしい作品、演奏も見事でした。
また三善作品を取り上げるのは今回が二度目、前回は「ノエシス」でした。日本フィルとのインタヴューでも語っておられるとおり、尾高にとって三善氏はご夫妻の仲人をお願いされた関係だそうで、作品にも特別な理解があるものと思われます。今回の尾高/三善は聴き逃せないチャンスと言えましょう。
日本フィルも三善作品は頻繁に取り上げていて、これまで6作品が演奏されています。内訳は、ヴァイオリン協奏曲、ノエシス、マリンバと弦楽のための協奏曲、管弦楽のための協奏曲、霧の果実、それに今回の交響三章です。
交響三章は日本フィルシリーズの第4作でもあり、第26回の世界初演の後も、第204回(ルーカス・フォス)、第273回(森正)と続き、今回が4度目の登場です。
(三善晃の日本フィルシリーズは2曲あり、交響三章の他は第35作の管弦楽のための「霧の果実」。こちらは広上淳一の指揮で初演されています)
今回は日本フィルシリーズ再演企画の一環ですが、この作品は正に「日本フィルの一品」、作曲からおよそ半世紀を経て再び演奏される機会を逃さないように。
最後はラフマニノフです。
ラフマニノフもまた尾高氏の得意とするところで、日本フィルでは既に第2交響曲を取り上げていますから、今回は第2弾に相当します。
日本フィルのラフマニノフは、これまで8作品が28回取り上げられてきました。交響曲は1番から3番まで、ピアノ協奏曲も1番から3番まで、あとはパガニーニ狂詩曲と交響的舞曲です。
この中で最も人気があるのは当然ながらピアノ協奏曲第2番で、これまで8回も演奏されていますね。続いては同じくピアノ協奏曲の3番の6回。
交響曲ではやはり第2番が1番人気で、これまで4回演奏されています。今回取り上げられる第3番は2回目。前回は第554回のアレクサンドル・ドミトリエフの指揮でした。比較的最近の演奏ですから、まだ記憶されている方も多いと思います。
ドミトリエフと尾高のアプローチの違いなども楽しみじゃないでしょうか。
なお一つ宣伝ですが、定期とは別に、尾高忠明は10月19日のサンデーコンサートも指揮します。こちらはドヴォルザークとブラームスが取り上げられ、特にブラームスの二重協奏曲では堀米ゆず子とゲリンガスの競演が期待されています。
私は他の予定が入っていて聴けないのが真に残念なのですが、サンデーコンサート(東京芸術劇場)としては久し振りに定期演奏会並みの本格的プログラム。こちらも合わせてマエストロの「円熟」振りを体験されては如何でしょう。

付記:日本フィル東京定期での尾高忠明演奏記録

 1
第281回 1976年4月26日 東京文化会館
  独奏/野島稔
 シェーンベルク/清められた夜
 松村禎三/ピアノ協奏曲(1973)
 ファリャ/舞踏組曲「三角帽子」第2部

第341回 1982年3月24日 東京文化会館
  独奏/高橋悠治、中島大臣
 三善晃/ノエシス(1978)
 ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番
 チャイコフスキー/交響曲第4番

第352回 1983年4月23日 東京文化会館
  独唱/曽我栄子
 R.シュトラウス/最後の四つの歌
 ブルックナー/交響曲第7番

第361回 1984年3月22日 東京文化会館
  独奏/渡邉康雄、数住岸子
 八村義夫/錯乱の論理(pf & orch)(1975/1979)
 武満徹/遠い呼び声の彼方へ!(vln & orch)(1980)
 R.シュトラウス/ツァラトゥストラはこう語った

第420回 1990年4月19・20日 サントリーホール
  独奏/広田智之、永田健一、小山清、工藤光博
 シューベルト/交響曲第5番
 モーツァルト/協奏交響曲 変ホ長調 K297b
 R.シュトラウス/ツァラトゥストラはこう語った

第444回 1992年10月15・16日 サントリーホール
  独奏/ドミートリ・シトコヴェッキー
 メンデルスゾーン/序曲「静かな海と楽しい航海」
 メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
 ウォルトン/交響曲第1番

第514回 1999年10月21・22日 サントリーホール
  独奏/菊地知也、清水直子
 ベートーヴェン/交響曲第8番
 R.シュトラウス/ドン・キホーテ

第537回 2002年1月17・18日 サントリーホール
  独奏/アーロン・ローザンド
 湯浅譲二/内触覚的宇宙Ⅴ(2002)(日本フィルシリーズ第36作)
 ブラームス/ヴァイオリン協奏曲
 エルガー/交響曲第1番

第553回 2003年9月4目5日 サントリーホール
  独奏/趙静
 ヴォーン=ウィリアムス/タリスの主題による幻想曲
 エルガー/チェロ協奏曲
 ウォルトン/戴冠式行進曲「王冠」
 ディーリアス/楽園への道
 ディーリアス/春初めてカッコウを聞いて
 ブリテン/「ピーター・グライムズ」四つの海の間奏曲
10
第569回 2005年4月14・15日 サントリーホール
  独奏/若林顕
 リャードフ/魔法にかけられた湖
 プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第2番
 ラフマニノフ/交響曲第2番
11
第589回 2007年4月19・20日 東京オペラシティ・コンサートホール
  独唱/天羽明恵
 モーツァルト/交響曲第40番
 マーラー/交響曲第4番

 

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