目から鱗のドニゼッティ

NHKハイビジョンのメトロポリタン歌劇場週間、最終日の昨日はドニゼッティの連隊の娘でした。私はドニゼッティは苦手で、ナマでは何一つ接したことはないし、レコードも放送も積極的に聴こうとは思いません。
従って今回の連隊の娘、途中でギブアップするだろうと思いながら観始めたのですが・・・。
私のドニゼッティに対する評価、それは完全な食わず嫌いで、偏見に過ぎなかったことをイヤというほど思い知らされた公演。正に目から鱗のドニゼッティでした。
いやー、連隊の娘。何と面白いオペラでしょう。もちろん今回初めて見、聴いたもので、他の演奏とは比べようもないのですが、全2幕のコメディーを堪能しました。
主役のマリーにナタリー・デセイ、トニオがフアン・ディエゴ・フローレス、シュルピス軍曹にアレッサンドロ・コルベルリというキャストです。この3人が重要な役ですが、他にベルケンフェルト公爵夫人もキーになる重要な人物、これはフェリシティー・パーマーが歌いました。
指揮がマルコ・アルミリアート、演出はローラン・ペリー。
このオペラを良く知っている人にはアホな印象と思われるかもしれません。まずこれはフランス語で歌われるオペラで、アリアや合唱などの繋ぎはレシタティーヴォではなく、完全な台詞回しで進められます。
当然ながらフランス語はもちろん、歌手の演技力が大いに物を言います。その意味で、今回のプロダクションは圧巻としか言いようがありませんね。
特にナターリー・デセイの素晴らしいこと。この人は天性の役者であって、コメディーに対するセンスは抜群です。演出に従って演技をしている、というレヴェルじゃなく、完全に役に成り切っていました。単なる歌手のお芝居を遥かに越えるレヴェル。
フローレスの人気は凄まじいものがあります。第1幕のアリアなど、カーテンコールが鳴り止みません。何でもハイCが9回も出て来るそうですが、実に楽々と歌っています。
これにも増して難しいのが第2幕のアリアだそうで、そのリリックな歌声に惚れ惚れ。
シュルピスのコレベルリ、正に当たり役。コルベルリは去年もジャンニ・スキッキで沸かせましたし、メットに限らずドニゼッティやロッシーニのブッフォ役には欠かせない存在。私の最も好きな歌手の一人です。
この3人が繰り広げる抱腹絶倒のアンサンブル、なおかつ真剣で美しいアリアの数々。これは実際に体験してもらうしかないでしょ。
ランメンムーアのルチア、愛の妙薬、ドン・パスクワーレに続いてこの連隊の娘。私のドニゼッティ・レパートリーにまた一つ傑作が加わった思いです。
慌ててドニゼッティに関する資料を拾い読みしました。彼のオペラ作曲家としてのキャリアは、大きく二分されるそうです。キャリアの前半は主に喜劇、後半はロマンティックな悲劇に中心がある由。
連隊の娘は1840年(43歳)にパリのために書いた作品。彼の最初のフランス語によるオペラだそうです。同年2月11日にオペラ・コミックにて、ドニゼッティ自身の指揮で初演。
同じ1840年の10月3日にはスカラ座でイタリア初演が行われ、この上演の際にドニゼッティは台詞部分に新たにレシタティーヴォを作曲しているんですね。もちろんイタリア語で。このときもドニゼッティが指揮しています。
ですから今回のメット上演は、オリジナルのフランス語版ということでしょう。
もう一つ余談。パリでの初演の際にベルケンフェルト公爵夫人を歌ったマリー・ジュリー・ブーランジェという方、あの有名なナディア・ブーランジェの祖母だそうです。それって、ついこの間の話でしょ。
こういう逸話を知ると、ドニゼッティも直ぐ身近に感じられてくるのでした。
海外の歌劇場で活躍している某日本人指揮者があるレクチャーで、ドニゼッティを演奏するのは地獄の苦しみ、とか言っていましたし、私もそうだと思っていましたが、これは完全な偏見。認識を改めなければイカンぞ。

 

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