サルビアホール クァルテット・シリーズ第24回

久し振りの演奏会カテゴリーです。11月1日の日フィル定期以来ですが、実際にナマ演奏を聴いたのは、その間10日に大瀧サロンでエクの試演会に参加しただけ。これについては土曜日に定期本番がありますので、その時に併せて紹介しましょう。

ということで約2週間ぶりの演奏会通いは、鶴見サルビアホールの「定期演奏会」。大物中の大物、パノハ・クァルテットの真打ドヴォルザーク・プログラムでした。
一月前は残暑に苦しんでいた首都圏、昨日はコートが欲しくなるような寒気の中、鶴見の駅頭に降り立ちます。プログラムは以下のシンプルなもの。

ドヴォルザーク/弦楽四重奏のための「糸杉」
     ~休憩~
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第13番ト長調 作品106
 パノハ・クァルテット

恥ずかしながら私がパノハをナマで聴くのは初めてのこと。1980年の初来日以来度々我が国を訪れ、近年では草津のフェスティヴァル常連だそうですが、草津は私にとっては未踏の地。
開場時間にホールに向かうと、「本日は完売」の立札が立っていました。さすがに人気団体、失礼ながらミーハー組も含め、プロの演奏家(前回登場の二人も)も客席を占める賑わいでした。

メンバーを改めて紹介すると、ファーストは団名にもなっているイルジー・パノハ。セカンドがパヴェル・ゼイファルト、ヴィオラをミロスラフ・セフノウトカ。そしてチェロはヤロスラフ・クールハンの面々。
幸松本も参考に団の歴史を繙くと、結成は1968年。前年にパノハが結成した弦楽トリオを、翌年クァルテットに格上げした由。当初のヴィオラはヤロスラフ・フルージェでしたが、1971年に現在のセフノウトカに交替、以来現在までメンバーは不動です。
今年で結成45年になりますが、本格的に活動を開始したのは1971年。正に40年選手、スメタナ弦楽四重奏団の後継団体として最も信頼のおけるチェコのクァルテットと言えましょう。

第23回のアンコールで予告があったように、今回の前半は「糸杉」全曲。全12曲のうち何曲かはアンコールなどで聴くことが出来ますが、全曲を通して聴けるのは珍しい機会。ドヴォルザークの美しメロディーを満喫します。
原曲はドヴォルザークの初恋から生まれた歌曲集(全18曲)。しかし詩に音楽を付けることが初めてであったこともあり、友人の指摘を待つまでもなく作曲者自身が作品を発表することを避けてきた曲集でもあります。
ドヴォルザークの生存中は演奏も出版もされませんでしたが、何曲かは別の作品に生まれ変わり、その一つが3分の2を弦楽四重奏にアレンジした当曲。やはり旋律の美しさは捨て難かったものと見えますね。

一方後半の作品106はドヴォルザークの晩年、最高の筆致で完成された名作。作曲技法は初期とは比べ物になりませんが、作曲家の本質は生涯変わらなかったことに気が付くプログラムでもありました。

演奏についての感想も一纏めにすれば、パノハはチェコの伝統を現在に伝える正統派の音色、表現と言えるでしょう。もちろん世界が認めている団体、技巧は鮮やかですが、それを決して前面に出したりはしません。
音色は渋いながらも透き通るように美しく、特にファースト/パノハが時折腰を浮かすように歌う瞬間は、楽器を「心で」奏でていることが痛切に伝わってくるのでした。

現代の多くの若い団体は、生き馬の目を抜くようなテクニックを武器に、冷徹な響きで押し通し勝ち。「心」より「頭」で演奏する傾向が目立ちますが、パノハはそれとは全く正反対の立場。その伝統的な演奏スタイルは、若手に警鐘を鳴らしているようにも感じられたほどです。
そう、ディジタルではなく、アナログの音質とでも言いましょうか。私のような新参者でも、かつて音楽はこうのうに響いていた、と感じさせる懐かしさに溢れていました。スメタナQも、チェコ・フィルも、昔はこういう音がしていましたよ、ね。

不思議な懐かしさを醸し出してくれたのは、演奏されたのがドヴォルザークの作品だったからでもありましょうが、それはアンコールの2曲でも同じこと。やはりパノハの音楽そのものであることに気付かされます。
そのアンコールは、聴いて直ぐに何であるかは判らないような珍品。セカンド/ゼイファルトが簡単に曲名を告げましたが、ホワイエには曲名が掲示されず、帰宅してから確認してみました。

最初の1曲“モーツァルトのメヌエット”は、楽聖の最初のクァルテット、K80の第3楽章で間違いないでしょう。我がエクが毎回の定期で紹介してくれたモーツァルト初期作品の予習などで耳に残っていた一品。冒頭の7度上向が特徴的なメヌエットです。
難しかったのは2曲目“グルックのピチカート”。はて、グルックにこんな曲があったかしら。そもそもグルックは四重奏を書いたのか。グルックは聴き間違いか、などと思って捜したところ、さすがはNML。グルックのピチカートでジャスト・ヒットしましたね。
今のところ「ピチカート」という作品の実態は判りませんが、チェコの室内オケによる録音が聴けます。演奏は1分弱、最後はリタルダンドして消える所、間違いなくグルックの作品でしょう。音盤は室内オケですが、恐らくクァルテットでも演奏可。楽しい発見もある、聴き応え十分なコンサートでした。

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