サルビアホール クァルテット・シリーズ第4回

拙ブログのカテゴリー「演奏会」は、コンサートの感想(というよりメモ程度のものですが)を翌日にアップするのがいつものパターン。しかしここ数日は競馬関係の記事を纏める時間に追われ、今回取り上げるのは一昨日の月曜日(10月3日)に鶴見で聴いてきた室内楽コンサートのレポートです。
横浜楽友会の主催、今年6月に鶴見のサルビアホールでスタートしたクァルテット・シリーズの第4回。このシリーズは3回を一シーズンとしているようで、この秋に開催されるのはシーズン2に当たります。その第1回、通算では第4回となる演奏会は以下のもの。フランスのドビュッシー・クァルテットが登場しました。

タイユフェール/弦楽四重奏曲
ハイドン/弦楽四重奏曲第39番ハ長調 作品33-3「鳥」
     ~休憩~
モーツァルト/レクイエム K626(弦楽四重奏版)(リヒテンタール編)
 ドビュッシー・クァルテット Quatuor Debussy

私がこの団体を聴くのは、ナマ演奏はもちろん録音も含めて初めてのこと。当日のプログラムからの引用でプロフィールを残しておきましょう。先ずメンバーは、

第1ヴァイオリン/クリストフ・コレット Christophe Collette
第2ヴァイオリン/ドリアン・ラモット Dorian Lamotte
ヴィオラ/ヴァンサン・デュプレク Vincent Deprecq
チェロ/ファブリ・ビアン Fabrice Bihan

全員黒装束、いかにもフランス人という顔立ちの男性4名で構成されています。ポジションは、左からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロの順。
本拠地はフランスのリヨンで、団体名が主張しているように、レパートリーの中核はフランス音楽だと思われます。

1990年にフランスのオーケストラで活躍していたメンバーにより結成、1993年にエヴィアン国際弦楽四重奏コンクール(世界3大コンクールの一つだそうです)で大賞を受賞、とあります。
リヨンを本拠に年間80回、世界を股にかけて活躍中で、2001年と2004年に来日しているそうな。今回は3度目の来日となる計算ですね。
レパートリーはフランスものに限らず、ドイツ古典派やショスタコーヴィチも得意にし、ショスタコーヴィチは全曲録音も完成しているそうです。新録音では、この日取り上げるモーツァルト/レクイエムの弦楽四重奏版が話題を集め、評価も高いのだとか。ロビーでは彼らのCDも販売されていましたが、先ずはナマ演奏を聴いてみることにしましょう。

このコンサート、当初の発表ではハイドンが冒頭に演奏される予定でしたが、実際には前半の曲目が入れ替わりました。ホール入口にその旨が掲示されています。

そのタイユフェール、恐らくその作品は初めて聴いたと思いますが、名前だけは知っていました。音楽史で習ったフランス6人組の一人で、1892年にパリ近郊のパルク・サン・モールという土地に生まれ、1983年にパリで亡くなった女流作曲家です。ジェルメーヌ・タイユフェール Germaine Tailleferre と綴りますが、Marcelle Taillefesse が本名と書かれた資料もありました。
ピアニストとしても活躍した人で、辞典には、2度結婚した二人の夫からおだてられて作曲を続けた、などという捻くれた記載も見られます。様々なジャンルの作品がありますが、目を惹くのはオペラが多いこと。特に1950年代が多作で、1955年に至っては5曲もの歌劇をモノにしています。

今回演奏された弦楽四重奏曲はジャンル唯一の作品のようで、フランスの弦楽四重奏の伝統に則っているようにも見えます。
全体は明確に分離する3楽章で構成され、第1楽章 Modere 、第2楽章 Intermede 、第3楽章 Final,Vif 。音楽は複雑な構造や古典的な形式を持つものではなく、短い楽想が次々に提示されるようなスタイルと聴きました。短編とかエッセイとでも言えましょうか。

やはり大先輩ラヴェルの影響下にあるようで、プーランクやミヨーを連想するのは先入観故かも知れません。ショーソンやオネゲルやからは遠い印象。
3つの楽章で最も力が入っているのは第3楽章でしょう。料理に譬えれば、第1楽章は様々な素材による前菜、終始弱音器を付けて演奏されるスケルツォ風の第2楽章はスープ、演奏時間が最も長い第3楽章がメイン・ディッシュでしょうねぇ~。メインが肉か魚かと問われれば、それは演奏次第。ドビュッシーQで聴くと魚料理という感じでした。

日本ではほとんど演奏される機会の無いタイユフェールですが、デュラン社からスコアが出ているようです。恐らくフランスでは普通に聴かれたり、アマチュアによって演奏されてきた作品でしょうか。

私はフランス系の四重奏団にはあまり経験がありませんが(ディオティマQを聴いた位)、ドビュッシーQの音色にはやはりフランスを感じてしまいます。何より音色が艶々と輝き、多彩で明るいカラー。レガートを強調したスタイルは、ビロードの手触りと表現したくなります。

それは次のハイドンで一層感じたことで、ドイツ系団体のハイドンとは明らかに異なる印象を受けました。ハイドン、パリに遊ぶとでも言いましょうか。アクセントの強い武骨なドイツ魂からは解放され、対比の強い原色の風景の中で軽やかに踊っているような趣のハイドン。
第2楽章 Scherzo のトリオ部は、ヴィオラとチェロが完全に休止してヴァイオリン2本だけで音楽が創られています。ウッカリすると気が付かずに過ぎ去ってしまう場面ですが、今回はこのことが強く記憶に刻まれましたね。

最後のレクイエムは、所謂ジュスマイヤー版のレクイエムをそのまま弦楽四重奏にアレンジしたもの。編者のリヒテンタール Peter Lichtenthal (1780-1853) はブラチスラヴァに生まれた人の由。
プログラムに挟まれた曲目解説によると、ミラノで医師をしながら作曲や音楽評論を手掛け、ミラノにおけるドイツ音楽の普及をめざして、モーツァルトやベートーヴェンなどの曲の室内楽用編曲を多く残しているそうです。当版はミラノのヴェルディ音楽院に埋もれていたもので、21世紀に入ってから出版されたのだそうな。

もちろん私は今回初めて耳にしましたが、如何にも思いつきそうな編曲だと思いました。例えば Tuba mirum のトロンボーンはヴィオラに移されており、違和感を覚えるようなアレンジではありません。
改めて弦楽四重奏で聴くと、音楽の対位法的動きや和声の変化が原曲以上に手に取るように聴こえてくることに感心します。作曲の技法が透けてくるような感じ。

思わず微笑んでしまったのは、「レクイエム」が性格もジャンルも正反対の「魔笛」と良く似ている点。Tuba mirum など、魔笛と全く同じ音楽で出来ていることに気が付いたのは、弦楽四重奏版だからこそ。
モーツァルトの先輩ハイドンには「十字架上のキリストの7つの言葉」という弦楽四重奏版の大曲がありますが、レクイエムの四重奏版はこれと兄弟の関係に立つ「四重奏版」になる可能性がある、とも感じました。

いずれにしても、この貴重な体験を提供してくれたシリーズと演奏者に感謝したいと思います。

本編終了後、ファーストのコレット氏が英語で挨拶。2011年という年に日本で演奏会を持てたことの意義を語りました。
確かこのプログラムは震災以前から決まっていたと思いますが、彼らがアンコールに選んだのは、レパートリーの中核に据えているショスタコーヴィチのパッサカリア。ドビュッシーQのエッセンスを凝縮したコンサートの幕が下りました。
(彼らの口からも、ロビーの掲示板にも紹介がありませんでしたが、演奏されたパッサカリアは弦楽四重奏曲第6番の第3楽章 Lento です。作品に表記はありませんが、パッサカリア形式で書かれた傑作)

このあと当シリーズはパーヴェル・ハースQ(11月9日)、カザルスQ(11月28日)と続き、来年1月からは第3シーズンに引き継がれます。
第3シーズン(1月から3月まで)は澤Q、シューマンQ、アミーチQが予定されていますが、弦楽四重奏曲のレパートリーを順次紹介していくというより、様々な団体を次々に味わう企画という編成になっているようですね。

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