「利口な女狐の物語」

「利口な女狐の物語」の続編です。26日の日記に追加しようと考えていましたが、長くなりそうなので書き直すことにしました。
私の小さな頭でうまく書けるかどうか判りませんが、思い出のために、自分自身のためにやってみましょう。

指揮者が登場した後、オペラは完全な闇からスタートしました。子供の頃の東京にも「鼻を抓まれても分からない闇」というものがありました。今では想像もつきませんが、女狐の台詞“森は夜よりも黒い”ことの象徴でしょう。全てはこの闇から生まれていきます。

舞台には動物たちの人形が円形状に並べられており、登場してきた歌手たちが夫々の人形を拾っていきます。これはカオスからの誕生、いわば天地創造に繋がるもので、人間は「魂」を、人形は「肉体」を意味しているものと解釈しました。
それが明確にされるのは、例えば第2幕第4場。女狐と雄狐の愛の場面で、二匹(二人)は人形を脱ぎました。結婚の場面ですから肉体同士が結ばれるだけでなく、魂が結ばれたことを表現したのだと思います。

もう一つ決定的な場面。第3幕第1場、女狐の死。ここでハラシュタが無造作に女狐の人形、即ち肉体を持ち去り、舞台には生身の人間、即ち魂だけが残ります。残された魂を狐の家族が見つめるのですが、愁嘆場は一切ありません。自然界の営みでは、死は一過性の事実に過ぎないのです。
普通のオペラなら主人公の死は悲劇の到達点ですが、このオペラは違います。むしろ女狐の死を転換点としてオペラは逆行し、それ以前の展開とはパラレルに進行していきます。

これに続く第3幕第2場は居酒屋の場面ですが、ここが第2幕第2場と対称形を成しているのは明らかでしょう。
第2幕は恐らく季節的には夏で、店も賑わい、明るく開放感に満ちています。
しかし第3幕の居酒屋を支配するのは寂寥感。神父は転勤してこの場にはいないし、森番も猟に出てしまう。場に女狐の死が影を落としているのは明白です。

私はオペラ全体の中でも、この場の寂しさを特に痛切に感じました。劇場の室温が下がったような感覚。歌手たちもオーケストラも「異様な静けさ」を見事に表現していました。

そして終幕。登場人物は冒頭との対称を強調するかのように、後退りしながら登場します。ここでは金管楽器の透明感と感動的な吹奏が、聴く人の胸を高鳴らせます。
明るい場面と暗い場面を対置することによってお互いを一層強調する手法は、演劇でもオペラでも常套手段の一つとして定着しています。
「カルメン」では、華やかな闘牛場の賑わいの中でカルメンは刺殺される。
「ラ・ボエーム」は、ボヘミアンたちの馬鹿騒ぎの直後にミミの臨終の場面が置かれている。
「蝶々夫人」では、ピンカートンとの再会の喜びが蝶々さんの自決への引き金になる。
これらは悲劇を強調するために華やかな場面が置かれている事例ですが、「利口な女狐の物語」では逆。女狐の死が支配する寂しい居酒屋を出た森番が行き着いたのは、自然の営みが何事もなかったかのように繰り返されている森。

そのことを象徴するように、“あのときのカエルだ”。“違うよ、アレはオイラの爺ちゃんだ、ケロケロ”。
森番は生き物たちの言葉を理解するのです。

高島演出による女狐のコンセプトはあくまでも明るいものであり、それこそがヤナーチェクの意図であったと納得できるものです。マックス・ブロートなどはこのことを理解できず、作曲家に最後の場面の削除を迫ったという。愚かしいことです。
このオペラも、そしてヤナーチェクの音楽も、豊かな自然に恵まれた日本の風土に生まれ育った人々にこそ、最もよく理解できるのではないでしょうか。
自然界において死は、営みの通過点であり、蘇生にとっては欠かせない過程です。だからこそ生きとし生けるものは、命を慈しみ、それを大切にしなければならない。
ヤナーチェクが描いた自然讃歌は、人間讃歌に繋がっているのです。

以上認めたような雑多な感想が、最後には一体となって眼前の舞台に出現し、大きな感動に襲われたのに違いありません。

もう一つ、このプロダクションがオペラの将来に大きな示唆を与えていたのではないか、と感じられたことがあります。
このオペラは新聞に連載された戯画が原点にあります。日本には鳥獣戯画を始め、古来戯画あるいは漫画の長い伝統がありました。今風にアニメと呼んでもよいでしょう。
私はアニメに親しむ習慣はありませんが、若い世代は何の抵抗もなく受け入れています。外務大臣ですらジャパニメーションと自画自賛している民族でしょう。

今回の上演では、新たに興した日本語訳と字幕スーパーが使われました。原語に拘る聴衆は反発したかも知れませんが、私には全く抵抗はなく、字幕スーパーがあることで、歌われる日本語の聞き取り難さも解消されていました。
何よりもヤナーチェクの場合、言語が普及の壁になっているのではありません。今回のように演出家も指揮者も深くその作品を理解し、共通の認識に立っていれば、かえって馴染みある言語で上演するほうが伝わるメッセージは遥かに大きいと思います。

更に日本語によるオペラという観点に立てば、今回の上演の素晴らしさが、日本の作曲家による新しいオペラ製作を後押しする切っ掛けになるような気がします。“日本語、いけるじゃないか”。
現実に日本では素晴らしいオペラ作品が次々と生まれているのです。古典に題材を取ったもの、現代劇からオペラ化したもの。
ここにもう一つ、アニメ、即ち戯画をオペラ化するというアイディアが出てきても、私は驚きません。

最後にもう一度、今回のプロダクション、本当に素晴らしかった。フォーラムに参加して、様々な苦労、長期に亘る試行錯誤、不慣れな体験等々もお聞きしました。
全てのスタッフに再度“ブラーヴィ”を捧げます。

 

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