十字屋・サロンコンサート

23日、勤労感謝の休日に銀座で小川典子のリサイタルを聴いてきました。
3丁目の十字屋ホール。

十字屋といえば、私の世代ではレコード屋として有名でした。銀座通りには順に十字屋、山野楽器、ヤマハと三つの店が軒を揃えていたものです。
中で十字屋は、輸入盤LPを最も豊富に在庫しているのが魅力でした。当時は一枚一枚が高価で、とても貧乏学生に手が届く一品ではなかったけれど、異国から渡ってきたジャケットを眺めては溜息をついていたものです。それで結構楽しかったのです。
それがいつの間にか店舗が消え、何処かに引っ越したのかなと思案しているうちにLPそのものも市場から消えてしまいました。

そんな十字屋が昔の場所にビルを構えていて、9階には小さなコンサートが開けるホール(十字屋ホール)まで設置してあることは今の今まで知りませんでしたね。
このコンサートは、当日の1週間前にカンタータさんに教えて頂いて知ったのです。「ぶらあぼ」などの情報誌や大量に配られているチラシなどで広告されていない、特別なコンサートなのです。
何でも現在の十字屋ビルの建立が11月だった由で、毎年11月、霜月音楽会というタイトルでいくつかのコンサートが開かれているのだそうです。会員というか、馴染みの人たちだけに連絡があるようで、当日も「銀座十字屋通信」という小冊子が配られました。とはいっても、我々のような飛び込みを拒否しているわけではなく、暖かい雰囲気でコンサートは始まりました。

いわゆるサロン・コンサート。既にカンタータさんが書かれている通り、ピアノを楽しむのには最適な「場」と言えましょう。ピアノに限らず、弦楽四重奏のような室内楽の原点はこうしたサロンにあって、現代の主流である大ホールでのリサイタルや室内楽コンサートこそ異常な音楽鑑賞スタイルです。
私はこういうアットホームな雰囲気の音楽会が大好きで、他にもいくつか常連として通っているシリーズがあります。しかしながらその多くは、質的なレヴェルが必ずしも高くないのが現実です。公平に見て「名人級」の演奏家は、もっと身入りの良い大衆を対象としたホール演奏会にしか出ません。
幸いなことに、というかこれはいくら彼女に感謝してもし切れるものではないのですが、小川典子さんはサロン・コンサートに実に積極的に、かつ真剣に取り組まれておられます。
彼女のような世界でもトップクラスのピアニストを、このようなサロンで直に聴けるというのは、正に至福としか言い様がありません。

この日演奏されたのは、前半にドビュッシーのアラベスク1番、前奏曲集から「亜麻色の髪の乙女」と「ピクウィック卿に捧ぐ」、水の反映と月の光、それに映像第2集の全曲。
後半はラフマニノフの音の絵作品39から1・5・6・9番。最後はプロコフィエフの第7ソナタのフィナーレ、というものでした。

いつもの通りトークを挟みながら演奏されたのですが、彼女はいつも以上に話にも乗っていましたし、表情も明るく素敵で、何よりご本人がサロンを楽しんでいる様子でした。それは彼女を熱心に聴き続けてきた人なら誰でも察知できたはずです。人はチョッとした所作にも時どきの感情が出るものです。偉大な芸術家であればなおさらです。

こうして聴いた「音楽」は本当に良かった。理屈抜きに良かった。ピアノはヤマハの小振りな一品でしたが、楽器のキャパシティーを100とすれば、120位は曳き出していました。あきらかにピークではピアノが悲鳴を上げていましたが、その悲鳴は喜びに満ちたものです。“もっと、もっと叩いて~”という・・・。
楽器にとっては酷ですが、ピアノ自体はそれによって成長していくのです。小川典子さんが弾いたことで、この楽器も数段格が上がりました。多分、彼女は近い将来にも銀座3丁目に戻ってくるでしょう。そんな予感がしますし、是非そうしてもらいたいと思うのであります。

 

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