弦楽四重奏の旅・第3回

私の10月最後の演奏会通いは、クァルテット・エクセルシオの「弦楽四重奏の旅」シリーズ第3回でした。
10月25日にサントリー・ホールのブルーローズで行われたのですが、珍しいことに午前11時半開演。エク(通称)はこれまでも様々な実験を試みてきましたが、今回は開演時間にチャレンジという趣向でしょうか。

尤もこれにはワケもあったようで、この日の2時から大ホールでは新日フィルの定期が行われました。エクの会員には同オケの定期会員も兼ねる人が多いとのことで、バッティングしないように配慮された由。
実際エクのコンサートが終わってホールを出たら、会場のオープンを告げるオルガンが鳴り出しました。一旦外に出て、再びホールに入場した聴き手も少なくなかったのでしょう。特に新日フィルとは関係の無いファンにとっては有難迷惑だったかも。おっと、これは余計な事を書いてしまいましたな。

そんなわけで慌ただしく朝の仕事を済ませて駆け付けたコンサートは、

グラズノフ/5つのノヴェレット作品15より
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調 作品110
     ~休憩~
ラヴェル/弦楽四重奏曲

というもの。休演中のファースト西野氏に替って、第1ヴァイオリンは新章ラボに続いて小林朋子。何度か共演を重ね、オリジナル・メンバー3人との息も増々合ってきた様子で、大きなコンサートではこれが最後というのは少し勿体ない感じがしました。

旅シリーズは前シーズンから始めたもので、前2回は津田ホールが会場でした。今回は閉鎖された津田ホールに代わり、会場はエクには本拠地とも言えるサントリーのブルーロース。来年6月の室内楽祭りでは愈々エクによるベートーヴェン全曲演奏会が行われる会場でもあります。
第1回のチェコ、第2回ドイツ・オースリアに続く第3回は、ロシアとフランスを一挙に取り上げる弦楽四重奏名曲集がテーマ。本来ならオーケストラ・ファンを室内楽にも誘いたいというのが趣旨で、今回の会場設定は正にピタリだったはず。しかし、どうも新日ファンはクァルテットには興味が無いようで、満員御礼というワケには行かなかったのが残念でした。
やはり“朝早くから”というのは冒険ですかね? ロンドンのランチタイム・コンサートやウィーン・フィルの定期は昼時に始まりますが、日本では未だクラシックは夜、早くてもマチネーという因習に捉われているようです。

前半のロシア旅は、私にとっては懐かしい旅先でもありました。以前にエクが第一生命ホールで開催していたラボ世界旅シリーズで3回目に取り上げたのがロシア。グラズノフとショスタコーヴィチはその時も演奏された作品ですし、他にプロコフィエフとストラヴィンスキーもありましたっけ。
その演奏に感激し、フォアイエに立ち寄ってエクフレンズ&パートナーズに登録したのがこの時。入会のお礼として、後で手製のCDRが送られてきました。4人の手書きサインで送り状が付され、当日の4曲のハイライトが収録されているCDは、今も手元に保管されています。

グラズノフ作品は「スペイン風」「東洋風」「間奏曲」「ワルツ」「ハンガリー風」の5曲から成り、晴海でも全曲では無かったと記憶します。件のCDRにはワルツが収められていますが、今回はスペイン風とハンガリー風の2曲が演奏されました。これはコンサートの前菜でしょう。
続くショスタコーヴィチの8番はエクも得意にしている傑作で、レミドシのイニシャルが刻まれ、作曲家の過去の作品からの引用も登場する全5楽章。前回の記憶以上に迫力に満ちた演奏で、メインの肉料理を味わいました。

後半のラヴェルも蓼科で聴いたのが最初。その時に感じ入ったのが、4つの楽章に恰も四季の移ろいを反映したかのような、ラヴェルの若書きとは思えない練達した書法。蓼科で受けた印象が一層強まった想いです。こちらは魚料理のメインと言った趣で、腹に、いや耳に爽やかな後味を残しました。

思うに、弦楽四重奏で最も大切なのは4つの楽器のバランス。今回改めて印象的だったのは、特にラヴェルでの丁寧で適切なバランスを考えての音創りです。演奏にはもちろん両の手と、譜面や互いのアイコンタクトのための目が必要ですが、エクの諸氏を見ていると、恐らく一番気を付けて仕事をしているのは彼等の耳でしょう。
ラヴェルの様に透明な響きが重要な作品では、俺が、私が、という各自の自己主張ではなく、4つの音が一体となったハーモニーと音量バランス。その点で、この日のラヴェルは最高水準のクァルテットだったと確信します。

デザートとしてのアンコールにはチャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレが演奏されましたが、代演を務める小林の歌、それを支える3人のアンサンブルが実に見事で、胸を打ちました。アンコールを終えて、涙ぐんでいる人たちを何人も見掛けたほど。
次にこの4人によるクァルテットを聴く機会があるのかは判りませんが、小林朋子は見事に代理を務めたと思います。彼女の更なる活躍を祈念すると同時に、また別の形でのアンサンブルを実現させて欲しいもの。ヴァイオリンが3本という五重奏曲があったら良いのに・・・。

 

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください