ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(67)

日本時間で1月18日と今日(1月24日)、2回に亘ってウィーン国立歌劇場からベルクのオペラ「ルル」が配信されました。演奏はもちろん聴き手にとっても難解な作品でもあり、感想をアップするのは控えようと思っていたのですが、折角の折でもあり、記録の意味も込めてキャストだけでもと思って投稿することと致しました。こんなキャストです。

ベルク/歌劇「ルル」(チェルハ補筆3幕版)

2017年12月16日公演(ホームページには12月12日公演と明記されていましたが、最後のテロップでは16日となっていました)
ルル/アグネータ・アイヒェンホルツ Agneta Eichenholz
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢/アンゲラ・デノケ Angela Denoke
劇場の衣裳係/母/ドンナ・エレン Donna Ellen
ギムナジウムの学生/下僕頭/イルセヤー・カイルロヴァ Ilseyar Khayrullova
医事顧問官/警部/教授/コンラート・フーバー Konrad Huber (語り役)
画家/黒人/イェルク・シュナイダー Jorg Schneider
シェーン博士/切り裂きジャック/ボー・スコウフス Bo Skovhus
アルヴァ/チャールズ・ワークマン Charles Workman
シゴルヒ/フランツ・グルントヘーバー Franz Grundheber
猛獣使い/力技師/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
王子/従僕/侯爵/カルロス・オスナ Carlos Osuna
劇場支配人/銀行家/アレクサンドルー・モイシウク Alexandru Moisiuc
15歳の少女/マリア・ナザロヴァ Maria nazarova
女流工芸家/ボンジヴェ・ナカニ Bongiwe Nakani
新聞記者/マヌエル・ワルサー Manuel Walser
召使/アイク・マルティロッシアン Ayk Martirossian
指揮/インゴ・メッツマッハー Ingo Metzmacher
演出/ウィリー・デッカー Willy Decker
稽古指導/ルート・オルトマン Ruth Orthmann
舞台装置/ヴォルフガング・グスマン Wolfgang Gussmann
衣装/スザンナ・メンドーザ Susana Mendoza

ベルクの歌劇「ルル」は、作曲者の死により未完に終わった作品。ベルク未亡人がシェーンベルクやウェーベルンに完成を頼んだものの拒否され、その後は長く封印されていた経緯などは皆さまご存知の通り。それがベルク夫人の死後になって解禁され、フリードリッヒ・チェルハが補筆完成させたことで3幕版の上演が行われるようになったも良く知られていますね。
未完の形、即ち2幕版としては1937年6月にチューリッヒで初演され、その後も長くこの形で上演されてきました。その場合は、ベルクが残していた第3幕の最初の部分を演奏し、後は芝居として上演するスタイルです。2幕版での日本初演は1970年4月に来日したベルリン・ドイツ・オペラが日生劇場で上演したものでしたが、私は見ていません。行こうと思えば聴けたのですが、残念ながら機会を失してしまいました。

チェルハが補筆完成させた3幕版の世界初演は、1979年2月のパリ、ピエール・ブーレーズの指揮で行われ、その時のビデオは見ました。確かパトリス・シェローの演出で、かなり暗い舞台だったと記憶します。
日本人による上演では奇妙なことに3幕版の方が先行し、2003年11月にやはり日生劇場で二期会が主催して上演したもの。沼尻竜典指揮・佐藤信演出で、これは私も実際に日生劇場で見ました。当時は一般ファンが感想を投稿するような場はなく、私の印象も薄れてしまって細かいことは思い出せません。ただ先入観があったのでしょう、第3幕はベルクが完成した前2幕に比べてやや響きが薄いように感じた記憶だけが残っています。

その後2幕版として沼尻がびわ湖で上演したはずですが、私は遠征していません。ただ、今年8月に二期会が2幕版を取り上げることになっており、これは小欄もチケットをゲットしています。カロリーネ・グルーバーの演出ですが、無事に公演出来ることを待ち望みましょう。本来なら去年上演されていた筈の舞台の延期公演となります。
その予習の意味でも、今回のウィーン国立歌劇場からのアーカイブ配信は大いに参考になるものでした。

繰り返しますが、難解なオペラなので私の手には余ります。荒筋だけは承知している積りですが、その音楽は緻密に組み立てられた複雑な構造。十二音作品ですから「ルルの音列」なるものが存在し、ルルの主題がカノン風に展開したり、シェーン博士の主題がオペラの進行に合わせるように絡み合ったりする。
時にソナタ形式が応用されたり、変奏曲の手法も。要所で運命の動機と死のリズム動機が登場し、音型がシンメトリーに組み立てられていて鏡の構造になっている等々、頭では理解できても、私の貧弱な耳ではとても付いていけない作品でもあります。

そんな中でも今回の配信を二度鑑賞していくつか知り得たことをメモっておくと、主役の名前「ルル」は父親と自称しているシゴルヒが、踊り子の名前として命名したもの。ルルの最初の夫で語り役の医事顧問官はネリーと呼んでいるし、二人目の夫である画家はエヴァと呼びかけている。更にシェーン博士は彼女をミニョンと名付けており、博士の息子であるアルヴァもミニョンと呼称していました。
最初の夫を演ずる役者が第3幕第2場、娼婦に身を落としたルルの最初の客である教授(一言も喋らない)として再登場し、二人目の黒人客は前半で画家を演じたテノール、更には最後の客となる切り裂きジャックはシェーン博士が演ずるということになっているのはベルクの指示だそうで、これが音楽の鏡構造とも密接に関係しているのでしょう。

作曲家アルヴァはベルクの自画像である、という解釈もあるようですが、アルヴァがルルを題材にしてオペラを書こうか、という歌詞が出てきます。第1場は医科部長、第2場が画家、第3場は・・・、という箇所は、確かにアルヴァ=アルバンという解釈の根拠なのだろう、ということも理解できました。

ヨーロッパでは「ルル」は人気作で、様々な演出が試みられてきたそうです。今回のデッカー演出は、舞台全面を使った大きな部屋で演じられ、舞台奥にこれを眺望できるような客席が置かれていて、部屋で起きる出来事を見下ろす観客席であったり、オペラの場面に応じて部屋と同時に進行する空間になったりする。
観客席として機能する場面では、冒頭プロローグで猛獣使いが紹介する「平土間の聴衆」を表すのでしょうか。最後にルルとゲシュヴィッツを殺害する切り裂きジャックが一人ではなく、同じ黒い衣装で統一された複数の男性であるのが極めて効果的。彼らが標的となるルルを客席(現実の劇場の)から見えないようにし、最後に切り裂かれたルルを見せる効果は秀逸だと思いました。

伝統的な演出では、第2幕第1場でシェーン博士がルルに殺害され、第2場への転換音楽の間にルルの裁判から収監までの様子が映像として流される所謂フィルム・ミュージックとして演奏されるのですが、この演出では映像は無く、ピット内のオーケストラの様子が映し出されていました。

残念なのは、第3幕の二つの場、パリとロンドンの場面で日本語字幕がメチャクチャだつたこと。字幕が出なくなったり、復活しても場面とは違う訳が出たり、遂には機械翻訳を使っているせいでしょうか、意味不明な文言になったりと、これなら字幕を見ない方が内容を理解できるのじゃないでしょうか。

ここで捕捉すると、パリの場面は荒筋としてもカオスで、バカラ・ゲームの話題、女の脚に付いての他愛もない会話、株式投資の話と株の暴落などが錯綜。この演出では第2幕で王子として登場した歌手が、陰で売春婦の斡旋をしている侯爵として出演し、正体を見破ったルルを強請ってカイロの娼館に売り飛ばそうと企む。ルルから金を強奪しようとする力業師、一方でルルはシゴルヒを誘惑して力業師の暗殺を目論む、株の暴落と警察の手が迫っていることを知ったルルは近くにいたボーイと服を交換し、アルバと共にパリを脱出するという場面なのです。字幕に拘っていると、ストーリーは見えてきません。

ロンドンの場面も同じで、ゲシュヴィッツが持ち込んだルルの絵を見たアルヴァがロンドンの屋根裏部屋での生活を後悔し、ルルに売春業を止めさせようと決意することが、二人目の客によって殺されてしまうことの引き金になる。この辺りも字幕の混乱と不適切な訳によって見えてきません。
よって第3幕は自主的に対訳などを参考にし、ストーリーを頭に入れて字幕をオフにした方が配信を楽しめのじゃないでしょうか。

簡単に触れる積りが、ついつい長くなってしまいました。本格的に「ルル」に向かい合うのは、8月の二期会公演2幕版になりそうです。

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