ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(43)

現地ウィーンで5月最後のアーカイヴ配信となったのは、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「アラベラ」。日本時間では6月1日の早朝2時から48時間限定、3日の朝2時まで視聴することが出来ます。
ウィーンではこのあとの配信予定も既に発表されていますが、6月上旬まではシュトラウス作品が比較的多く選ばれており、5月28日に配信された「サロメ」から数えればリヒャルト・シュトラウス週間とも呼べるようなラインナップになっています。

即ち今日紹介するアラベラに続いては明日の「影のない女」、更に「エレクトラ」があり、最後は「ナクソス島のアリアドネ」まで、都合5作品が短期間の間に楽しめます。この機会にシュトラウス・ファンはもちろん、そうでない方も一気にシュトラウスの主要作品を体験しておきましょう。
さて「アラベラ」は、5月24日にも放映されており、今回のものと2種類の公演が楽しめました。もちろん同じ演出で、舞台関係は以下です。

演出/スヴェン=エリック・べヒトルフ Sven-Eric Bechtolf
舞台/ロルフ・グリッテンベルク Rolf Glittenberg
衣装/マリアンネ・グリッテンベルク Marianne Glittenberg

このメンバーを見てお分かりのように、ワーグナーの「ニーベルングの指環」を作り上げたのと同じコンビ。原作を基本としながらも新しい視点で作品を捉え直し、演出家からのメッセージを加味した興味ある舞台ということでしょうか。
前回の放送は2014年12月18日の公演、今回視聴できるのが2017年3月17日の舞台ということで、キャストは次の通りでした。

①5月24日配信
「アラベラ」(2014年12月18日公演)
アラベラ/アンネ・シュヴァーネヴィルムス Anne Schwanewilms
ズデンカ/ゲニア・キューマイヤー Genia Kuhmeier
ヴァルトナー伯爵/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
アデラーイデ/キャロル・ウイルソン Carole Wilson
マンドリカ/トマーシュ・コニェチュニー Tomasz Konieczny
フィアカーミリ/ダニエラ・ファリー Daniela Fally
マッテオ/ヘルベルト・リッパート Herbert Lippert
エレメール伯爵/ノルベルト・エルンスト Norbert Ernst
ドミニク伯爵/ガブリエル・ベルムデツ Gabriel Bermudez
ラルモール伯爵/クレメンス・ウンターライナー Clemens Unterreiner
女占い師/ウルリケ・ヘッツェル Ulrike Hetzel
指揮/ウルフ・シルマー Ulf Schirmer

②6月1日配信
「アラベラ」(2017年3月17日公演)
アラベラ/カミラ・ニールンド Camilla Nylund
ズデンカ/チェン・レイス Chen Reiss
ヴァルトナー伯爵/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
アデラーイデ/ステファニー・ハウツィール Stephanie Houtzeel
マンドリカ/ボー・スコウフス Bo Skovhus
フィアカーミリ/ダニエラ・ファリー Daniela Fally
マッテオ/ヘルベルト・リッパート Herbert Lippert
エレメール伯爵/ノルベルト・エルンスト Norbert Ernst
ドミニク伯爵/ラファエル・フィンガーロス Rafael Fingerlos
ラルモール伯爵/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
女占い師/ドンナ・エレン Donna Ellen
指揮/ペーター・シュナイダー Peter Schneider

二通りの舞台を見て感服したのは、やはり演出の見事さでしょう。良く見ないと気付かないシーン、二度見て納得した場面も多数。それでも見落としたポイントなどがあるかも知れませんが、そこは見る方々の謎解きにお任せするとして、演出の肝をいくつか指摘しておこうと思います。

先ず、このオペラに出てくる「裏庭の井戸から新鮮な水を一杯汲んで、それを飲み干すことで結婚の誓いとする」習慣。実際にこんな習わしが存在するのかは知りませんが、「ばらの騎士」における「銀のバラ」同様にホフマンスタールとシュトラウスの創作ではないか、と思ってしまいました。これが作品の基礎にあることで、最後の場面で大きな感動を与えるのが「アラベラ」最大の見どころ聴きどころになっていると思慮します。
マンドリカが水を飲み干してコップを叩き付ける、アラベラは自分の肖像写真を切り裂いてマンドリカと固く抱擁する。この結末は第1幕から暗示されていたことなのです。

その暗示を客席にハッキリ植え付けるのが、オペラの最初に登場する女占い師。彼女は本来オペラの冒頭で歌うだけですが、べヒトルフ演出では第1幕の最後でそれとなく姿を見せるし、第2幕でも一度、更には第3幕最後の幕切れでも堂々と姿を現し、彼女の占いが見事に的中したことを「見せて」いました。これ、秀逸な演出上のアイデアだと思いませんか。
「アラベラ」は本来は全3幕が夫々独立しているのですが、この公演では敢えて第2幕と第3幕を繋いでいます。具体的には第2幕の最後、マンドリカが “今日の宴は全て自分の奢りだ”と宣言する箇所から残りをカットし(第2幕の練習番号148以下)そのまま第3幕に続けるという荒業を使っています。これにより、二つの幕切れは何れも女占い師の登場で終わるという仕掛け。

細かいことになりますが、二つの公演で共通しているのがヴァルトナー伯爵を歌うヴォルフガング・バンクルで、そのカード賭博依存症の性格と風貌が如何にも作曲家リヒャルト・シュトラウス本人を連想させるじゃありませんか。何時か見たドキュメントで、確かジョージ・セルが思い出として、公演後のポーカーの開始時間が迫っているのを知ったシュトラウスが、自分が指揮している作品のテンポをやたら速めた、という話を面白おかしく紹介していましたっけ。
この話を知っている人は、ヴァルトナー伯爵こそシュトラウス本人と連想するのじゃないか。その意味でも敢えてバンクルを起用したのでは、と勘繰ってしまいました。

この演出では、合唱団の活躍も見逃せません。マンドリカの付き人であるヴェルコとジューラ、ヴァルトナーのカード仲間3人、そして第2幕と第3幕に登場するパーティーの怪しげな酔客たちは皆、合唱団のメンバーたちですね。特に女装して気持ち悪い姿(失礼!)を披露されている面々は本当にご苦労様です。
女装した男たちがたむろするのは、勿論ズデンカが長年男装してきたために生じた悲喜劇の裏返しでもありましょう。倒錯と狂乱が渦巻くウィーン、策略と陰謀が支配するウィーンを見事に描いたべヒトルフ演出に大拍手を!

それにしてもリヒャルト・シュトラウスのメロディーと転調の素晴らしいこと。特にアラベラは二重唱の宝庫とも言える作品で、第1幕でのアラベラとズデンカの二人のソプラノによるデュエット、第2幕では3人の男友達を軽くあしらいながらを挟んでのマンドリカとアラベラの自己紹介の二重唱、そして第3幕、フィナーレとなる階段の場面でのアラベラとマンドリカの愛の二重唱は、涙なしには聴くことが出来ません。

なお、明日配信予定の「影のない女」は去年10月にライブストリーミングされたもの。ティーレマンが指揮し、藤村実穂子も出演した舞台のはずですから、既に感想もアップしています。内容はそちらをご覧ください。

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