サルビアホール 第132回クァルテット・シリーズ

オーケストラを聴くことが多かった5月でしたが、6月は室内楽を聴きに出かける機会が増えそうです。去年の今頃は演奏会は全滅でしたから、僅かではありますが事態は改善しているということでしょうか。
6月最初の室内楽は、鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズ。この名物企画も去年10月に再開され、今回が7回目。そのシーズンも43回目に突入しました。

海外の団体が出演できないのは去年2月から変わっていませんが、その禍を福に替えようというクァルテット・シリーズ。新たなる一手は、この機会に若手団体を積極的に紹介していこうという企画で、題して「ライジングスター・クァルテッツ Rising Star Quartets」。緊急事態何とかとの兼ね合いで中止や延期に見舞われたこともあり、二つのシーズンが入り乱れて6回の演奏会がセット券として販売されてもいます。チラシを見ると String Quartet Biennale YOKOHAMA #1 という活字も躍っていますが、これは何なんでしょうね。何れ運営サイドに聞いてみましょう。

6月1日はシーズン43の1回目、通算では第132回クァルテット・シリーズとなります。3つの若手グループで構成されるシーズン44は、初めての試みとなる午後2時開演のマチネーであるのが特徴で、日中の鶴見に降り立つのも新鮮でした。
そしてサルビアホール初見参となるクァルテット・インテグラ。プログラムは以下のもの。

ベルク/弦楽四重奏曲作品3
シューマン/弦楽四重奏曲第1番イ短調作品44-1
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131
 クァルテット・インテグラ

個人的にインテグラは去年10月に鵠沼サロンコンサートで聴いており、私にとっては初めてじゃありません。そのプロフィールについては鵠沼レポートを参照していただくことにして、ここではメンバーの名前だけを挙げておきましょう。
ファースト・ヴァイオリンが三澤響果、セカンドに菊野凛太郎、ヴィオラの山本一輝、チェロは月路杏里という面々。内声の二人が男性で、トップとボトムが女性というグループ。並びは舞台下手からファースト・セカンド・チェロ・ヴィオラの順で、極めてオーソドックスです。セカンド・ヴァイオリンが風貌も衣装も個性的で、他と見紛うことはなさそう。

鵠沼ではハイドンとベートーヴェンに挟まれてウェーベルンを弾きましたが、今回は冒頭にベルク。どちらも新ウィーン楽派の作品を取り上げているのは、元アルバン・ベルク・クァルテットのギュンター・ピヒラーの薫陶を受けているからに違いないと思われます。最近あまり聴かれることがなくなったベルクやウェーベルンが、彼らのレパートリーのメインに据えられているのでしょう。
そのベルク、確か作品3はもちろん、サルビアで演奏されるのはこれが初めてと思われます。シェーンベルクは1番と2番を聴きましたし、ウェーベルンは緩徐楽章が人気で、何度も聴きました。ですからこれまでベルクが取り上げられなかったのは意外。インテグラは、サルビアで初めてベルクを弾いた団体として歴史に残ることでしょうね。

初めてのベルク、冒頭から我々を驚かせました。2楽章しかない弦楽四重奏曲ですが、いきなりセカンド・ヴァイオリンがテーマを提示します。ファ・ミ・レ・ラ・ド・シという6連音符のフォルテ一つ(この曲ではフォルテもピアノも4つまで登場する)なのですが、ここを凛太郎君が勢い良く、決然と響かせる。あれっ、こんな激しい開始だったっけ?
実はこの6連音符、作品全体のメイン・テーマと言えるほど重要なモチーフで、第1楽章では4つのパートに何度も登場し、この楽章の最後もファーストの ppp で奏されて終わります。このモチーフ、第2楽章の最後でもセカンドがピアノでコソッと仄めかすと、最後は fff で4つの楽器が音階を一気に駆け上って全曲を閉じる。つまりこの弦楽四重奏曲で最も大事なテーマが、冒頭の6音なのですね。
これを強く弾くことで聴き手をハッとさせる、これは正解だと思いましたね。やるじゃないか、インテグラ。

次は時代を遡って、シューマン。遡るということは、新ウィーン楽派の目から見たシューマンということでありましょうか、普段聴き慣れているロマンティックなシューマン像とは異なり、攻めのシューマン。
特に第2・4楽章の音圧とスピード感は、これまでのシューマンの概念からは外れたものでした。いや、私はそのように感じましたが、皆さんは如何でしたか?

プログラム後半は、又しても時代を遡ってベートーヴェンの作品131。この巨峰、去年の鵠沼でも取り上げましたから、ここでは若手ならではの、元気一杯のベートーヴェンと言うに留めましょう。
前回はベートーヴェンの大作の後でもアンコール(前半に弾いたウェーベルンの短い楽章)がありましたが、今回もデザートが用意されていました。チャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番からアンダンテ・カンタービレ。終始弱音器を付けて奏でられる弦楽器の響きが、メインディッシュでの圧倒的な音圧に対する反動のように、耳に優しく響いたのが印象的。

平日のマチネーとあって客席は疎らかと思いきや、ほぼ満席に近い密の状態だったのにも驚かされました。舞台に立つ4人も同じ思いだったようで、アンコール前に挨拶されたファースト三澤も、意外という様子が思わず滲み出ていたほどです。
コロナ禍での演奏会、いやこんな状況だからこそのコンサート。誰かが「ナマの音楽は心のワクチン」と上手いことを言ってましたね。新型だろうと旧型だろうとウイルスはそもそも自然界に溢れているもので、無くなることはありません。感染しても発病しないためには、抵抗力をつけることが先決でしょう。それには日中は外に出て太陽光を浴びること、そしてたっぷり栄養と休養を取ってストレスを貯めないこと。

マチネーへの行き帰りで思い切り日の光を浴び、軽い運動になる。そして良い音楽を聴き、友人たちと感想を語り合ってストレスを発散させる。
クァルテット・インテグラの思い切りの良い、若さがはちきれんばかりの演奏、その大音量をタップリと受けとめ、我らの免疫力は相当にアップしましたね。心のワクチン、これからも受け続けましょう。

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