サルビアホール 第128回クァルテット・シリーズ

10月に再開した鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズ、シーズン41の3回目が昨日、無事に完結しました。このシリーズは基本的に3回を一つのシーズンとしてセット券販売しているので、配席は市松模様のまま。定員は100人ですから、第41シーズンは50人で満席状態が続いています。恐らく来年1月からスタートするシーズン42からは通常の100席に戻ると思われますので、単券でも楽しめるようになるのではと期待しましょう。
世界最高峰のクァルテットを理想的な音響で聴けることを謳う当シリーズにとって、残念ながら未だ海外からの団体を受け容れることは出来ません。そんな中で日本の団体、これまで鶴見では聴けなかった団体を楽しむのもまた楽し、というのがこの秋の聴き所でしょう。

ということで昨夜は、私にとっては初めてのアミティ・クァルテットを聴いてきました。もちろんサルビア初登場。プログラムは以下、つい最近鵠沼で聴いた初団体(インテグラ)と良く似た選曲です。

ハイドン/弦楽四重奏曲第66番ト長調作品77-1
ウェーベルン/弦楽四重奏のための緩徐楽章
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131
 アミティ・クァルテット

最初にチラシを引用すると、「独自の視点で弦楽四重奏にアプローチする!」がキャッチフレーズ。日本、ヨーロッパで活動してきた4人によって2015年に結成され、2016年より活動を開始した団体とのこと。
更にプログラムに掲載されたプロフィールを続ければ、「多彩なバックグラウンドを持つ4人が、互いを尊重し、かつ自由な発想で音楽の深く広い表現を追求するべく、その極みとも言える弦楽四重奏に、21世紀らしい独自の視点でアプローチしていく」団体とのことで、当初団体名は Quartetto L’estro Armonico だったそうですが、2019年4月から現在の現在の Amity Quartet に変更した由。これまで鶴川、真駒内、上野の森、浦安などで演奏しているそうですから、何処かで聴かれた方もいらっしゃるでしょう。毎年定期リサイタルを開催しているようですが、会場は何処なんでしょうか?

4人は、ファーストが尾池亜美(おいけ・あみ)、セカンドに須山暢大(すやま・のぶひろ)、ヴィオラが安達真理(あだち・まり)、チェロは山澤慧(やまざわ・けい)。個々には聴かれた方も多いでしょう。
安達は桐朋学園大学卒ですが、他の3人は全て東京藝大卒。須山は大フィルのコンサートマスターであり、安達はエストニアのオーケストラで楽員を、山澤も藝大フィルハーモニア管弦楽団の首席チェロということで、いわゆる常設の弦楽四重奏団ではないようですね。従ってコンクール歴も無いようで、それが独自の視点に繋がるのでしょう。弦楽四重奏は、彼らにとってアプローチし始めたジャンルということになります。

前置きは以上、早速ハイドンから。作品77の1はサルビアでは人気があって、ここで聴くのは確かこれが3団体目だと思います。中でも2012年2月(第8回)に聴いたシューマンQの演奏が驚異的で、特に第3楽章の猛烈なスピード感は従来持っていたハイドン像を覆すほどに衝撃的でしたっけ。比較するのは良くないとは思いますが、それに比べるとアミティーQは教科書的な演奏と言えるかもしれません。それでも余りハイドンらしくないハイドン。独自の視点ということか。
次のウェーベルンも同じで、記憶では2017年11月(86回)のヘンシェル、2018年7月(98回)のクレモナに続いて3回目。またしても比較ですが、これはクレモナが如何にも濃厚なロマンティシズムを撒き散らすような演奏で、鮮烈な記憶が残っています。アミティQは、ロマンティックというより、後期ロマン派のお手本のようなアプローチ。えっ、これがウェーベルンかという印象で、ウェーベルンらしくない。やはり独自の視点なのでしょう。

ハイドンにしてもウェーベルンにしても、同じ言語を喋っていても何処かアクセントが違ったり、ニュアンスが異なる。4人とも腕は確かです。技術的には申し分ないけれど、弦楽四重奏という独特な言語を未だマスターし切っていないようなもどかしさがある。
一例を挙げれば、ウェーベルン。この短い楽章の真ん中を過ぎた辺りにある頂点は fff なのですが、アミティーは一言で言えば鳴らし過ぎる。音響的なクライマックスではあるものの、音楽的なクライマックスにならないのですね。恐らくそれが、何処となく感じられる違和感に繋がってくるのじゃないか。

後半はベートーヴェン。それも怖い恐い作品131。しかし私には、彼らの作品131は比較的違和感なく楽しめました。メインに持ってきただけあって、アンサンブルも良く磨き込んでいます。
何よりテンポがゆったりなこと。それは第4部の Andante ma non troppo e molto cantabile に明らかで、カンタービレの表記の通り実に朗々と歌い上げる。これはこれで説得力のあるベートーヴェンだと聴きました。特に内声部が充実しているので、シンフォニックな表現としては、それこそ独自の視点を生かしたアプローチと言えるのじゃないでしょうか。

以上、この演奏会は名手たちが弦楽四重奏に挑戦した最初の成果、と言えましょうか。彼らがもしコロナを切っ掛けに弦楽四重奏をより深く、広く極めていくという覚悟であるなら、やはり弦楽四重奏という言語をマスターする努力を継続していくことが重要かと思慮します。
例えばサルビアホールで月1回定期演奏会を開く。古典から現代まで多様なプログラムを組み、区切りとしてベートーヴェン全曲やショスタコーヴィチ全曲に取り組む。ホールが育てる世界的な弦楽四重奏団。彼等の実力を以てすれば、このジャンルでアミティQ独自の世界が見えてくるのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

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