サルビアホール 第93回クァルテット・シリーズ

一昨日(3月13日)の鵠沼に続き、昨日も鶴見サルビアホールでロータス・カルテットを聴いてきました。クァルテット・シリーズのシーズン28最終回でもあります。このシーズンはアマービレ、ベルリン=トウキョウ、それにロータスと、日本人メンバーが多い3団体の競演で、選ばれた作品も弦楽四重奏としてはオーソドックスなものばかりだった申せましょうか。初めて聴いた、という曲目が無かったのも特徴。で、ロータスの今回はこれ。

ハイドン/弦楽四重奏曲第27番ニ長調作品20-4
シューマン/弦楽四重奏曲第2番ヘ長調作品41-2
     ~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13
 ロータス・カルテット

ロータスのサルビア初登場は2012年12月のことで、2回目が去年のベートーヴェン・ツィクルス。2017年に続く連続登場で、今回はベートーヴェンは含まれません。その代わり、ということではありませんが、鵠沼ではベートーヴェン後期2曲プロでしたし、今回の来日でも武蔵野と名古屋で後期シリーズ(共に2日間で3回という強行軍)が予定されており、京都ではシューマン全曲コンサートも開かれるようです。
ということでサルビア、ベートーヴェンの名前こそ見られませんが、コンサートの影にベートーヴェンあり、と意識しても良いプログラミングだったと思います。

冒頭のハイドンはベートーヴェンの師、作品20という曲集はフーガが多く使われていることで有名ですが、この日取り上げられたニ長調の4番はフーガは出てきません。以前何処かの演奏会で「ヴェネツィアの競艇」というタイトルが付せられていたように記憶しますが、今回そのような解説はありませんでした。何処を聴いてもヴェネツィアや競艇を連想させるようなフレーズは出てきませんしね。
冒頭の3つの「レ音」にスタッカートが付き、それをタイで結ぶフレーズ。ロータスはこの冒頭を実に滑らかに、まるでスタッカートなど無いように弾き始めましたが、この「スイスイ感」が競艇に通ずるんでしょうか、など余計なことを考える間もなく、ハイドンの手練手管に丸め込まれてしまいました。第2楽章はニ短調の変奏曲ですが、ff で奏されるユニゾンの上行句にドッキリ。アクセントが微妙にずらされて拍節感が狂わされるハンガリー風メヌエット。アレグレット・スケルツァンドのフィナーレはハイドンの独壇場で、ファーストが時々合の手を入れる四度重音はキリギリスが鳴いているみたい、といつも思うんですけど・・・。

次の2曲は、音楽史上最も仲が良かった有名人二人。実はこの日、新宿でメンデルスゾーンとシューマンに関する講座を聞いてきたばかりなので、余りのタイミングの良さに驚いてしまいました。実際、シューマンの3曲はメンデルスゾーンに献呈されていますし、初演も二人の共通の友人だったダヴィド四重奏団でしたしね。ダヴィドはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演した人でもあります。いわゆるメンコンの第1楽章カデンツァ、ひょっとしてダヴィドが創ったのかも、という異説もあるんだそうですよ。

ロータスは京都で3曲全曲演奏をするようですが、サルビアでは2番。記録を見ると、サルビアでは3番が頻繁に取り上げられていて、第1番は一度だけ。そして今回の第2で3曲全て聴けたことになります。ご存知のように、シューマンは1840年に晴れてクララと結婚し、弦楽四重奏3曲を一気に書いた1842年は幸せの絶頂期にありました。クァルテットを書くに当たって研究したのは、もちろんベートーヴェンの弦楽四重奏群で、この3曲はベートーヴェン抜きには存在しません。
面白いのは第2楽章の Andante, quasi Variazioni という表示で、変奏曲風であって変奏曲ではない、ってことでしょうか。第4楽章 Allegro molto vivace は第2交響曲のフィナーレを連想させる、疾駆するシューマン。ロータスは全曲を一筆書きのように、流麗かつ骨太に描いてシューマン・ワールドを満喫させてくれました。

休憩を挟んで、シューマンの盟友であり1歳年長のメンデルスゾーン。イ短調の第2番は、実は実質第1番で、これまたメンデルスゾーンがベートーヴェンのクァルテット、特に後期のそれを熱心に読み込んでいたことが明白に出ている作品。今回ロータスが選んだのも、ここに意味があるのだと思慮します。
序奏に当たる冒頭の Adagio は、自作の歌曲「問い」作品9-1からの引用。「Ist es wahr?」とメンデルスゾーンが敢えてテーマを示したのは、ベートーヴェンが作品135で「Muss es sein?」と書き付けた先例に倣ったのかもしれません。第 2楽章 Adagio non lento でヴィオラが静かに振幅の狭いテーマを弾き出し、順次他のパートに伝播していく所も、ベートーヴェン「セリオーソ」の2楽章にそっくり。
更に徹底しているのは、第4楽章。烈しいトレモロを支えにファーストがカデンツァ風の走句を奏で、フィナーレの presto に突入していく下りが、作品132の終楽章に大きく影響されているのは明らかでしょう。これはメンデルスゾーンがベートーヴェンからパクったと見るべきではなく、当時は難解だったベートーヴェンの作品群を若干18歳のメンデルスゾーンが完全に理解し、既に自身の作風として昇華していたことに目を瞠るべきなのです。何という天才であることか、メンデルスゾーンは。

ロータスQはメンデルスゾーンにハッキリとベートーヴェンへのリスペクトを見出し、彼が好んだ「con fuoco」や「appassionato」の精神を以て演奏し、この堂々たる大作でコンサートを締め括ったのでした。
そしてアンコールは、ベートーヴェンの作品130から、カヴァティーナ。これで明らかでしょう、今回のプログラムは「アラウンド・ベートーヴェン」であることが・・・。武蔵野や名古屋のチラシを見ていると、彼らは今回の後期作品連続演奏会の一つで、作品132に先立ってメンデルスゾーンの2番も紹介するようです。

さてサルビアホールのクァルテット・シリーズ、4月に始まる次なるシーズン29はアポロン、モルゴーア、ブラジャーク、デニッシュと4回シリーズで決定しましたが、急遽クレモナが名器「パガニーニ・クァルテット」を引っ提げて登場するのだそうな。「シーズン29+1」という苦肉の策で対応していますから、皆さん見落とさないように。

 

 

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2件のフィードバック

  1. KOSE より:

    ロータス・カルテットに初めて会ったのは、今芸大の学長をしている澤さんが、ヴィオラが亡くなって活動を停止したアマデウス・カルテットのメンバーを招聘して開いたセミナーの時でした。もう25年ほど前に成りますね。
    当時は結成してすぐで(翌年には1STヴァイオリンが交代)名称もアークと言っていたと思います。アマデウスのセカンドのニッセルさんが「アークと聞くと、僕らには棺(ひつぎ)の感じがするんだよ」と言って名称をロータスにしなさいとアドバイスをしたのでした。結成時からいるのはヴィオラの山碕さんだけですね。

    で本題です。
    ハイドンの初めの所の弾き方についてですが、スタッカートにスラーが付いたもの(スラー・スタッカートと呼ばれますが)現在その意味が混乱している様です。
    ファーストヴァイオリンのブレイニンさんのレッスンの時の話ですが、
    「ハイドンやモーツアルトの時代には、音を切る奏法として三つ有って、
    楽譜の書き方で現在のスタッカートの書き方の小さな丸い点の物。
    楔型の現在スタッカーティシモと言われるもの。
    それに現在スラー・スタッカートと言われるもの。
    今はスラー・スタッカートはスタッカートの音符を同じ向きの弓で連ねて弾く意味に使われるが、当時は殆どスラーで各音にアクセントをつけてドゥドゥドゥドゥみたいに聞こえるように弾くんです。
    実際モーツァルトの原譜を見ても、この三つが明確に書き分けられているだよ。
    書き分けられているんだから演奏もその通り弾き分けないと」と言うことでした。

    ロータス・カルテットはその後ヨーロッパで勉強していますから、この教えをそのままやっているとは思いませんが、
    その延長線上にあるのでしょうね。
    今のピリオド楽器を使い原典譜に乗っとった演奏も増える中、原典譜に忠実に演奏していたとは言い難いアマデウスQでも、きちんと勉強し考えていたと言えるのではないでしょうか。

  2. メリーウイロウ より:

    KOSE さま

    なるほど、深ぁ~いコメントありがとうございます。感服しました。
    私のようなロートルは古いオイレンブルク版しか見たことは無いのですが、それでも第1楽章のレ・レ・レは「スラー・スタッカート」と、普通の小さい丸の点(主にフォルテの時に使われる)との二通りが使い分けられていて、演奏現場としてはキチンと弾き分けなければいかんのだと思われます。
    正直な所余り気を付けて聴いていなかったのですが、丸い点にも歴史や解釈の問題があることを知って、大いに勉強になりました。

    これからも突っ込んだアドバイス、よろしくお願いします。

    メリーウイロウ

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