第395回鵠沼サロンコンサート

2021年の鵠沼サロンコンサート、秋シーズンが始まりました。今回が第395回ということで、400回の大台が見えてきましたね。

《柴田俊幸 & 平井千絵 デュオ・リサイタル》
ハイドン/ピアノ三重奏曲第15番ト長調(二重奏版)
ベートーヴェン/セレナードニ長調作品41(K.X.クラインハイツ編)
     ~休憩~
モーツァルト/フルート・ソナタホ短調K.304(原曲はヴァイオリン・ソナタ)
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付」
ベートーヴェン/ロマンス第2番ヘ長調作品50(T.ベーム編)
 クラシカル・フルート/柴田俊幸
 フォルテピアノ/平井千絵
 (使用フォルテピアノ:太田垣至制作 Johan Lodewijk Dulcken (c1795年製)の復元楽器)

この回は、当初イギリスの古楽器クァルテットであるコンソーネ・クァルテットが出演する予定でしたが、このご時世で来日が叶わず、クラシカル・フルートとフォルテピアノという同じ古楽器のデュオに変更されたもの。コンソーネ・クァルテットは本来たかまつ国際古楽祭の招きで来日するはずでしたが、今回はオンライン参加だった由。そこで招聘側に責任を取ってもらいましょう(もちろん冗談ですよ)、ということで同古楽祭の芸術監督を務めているフルート奏者の柴田俊幸氏が、氏一押しの平井千絵を伴って自ら鵠沼を訪れることになった次第だそうです。
香川県高松市で開催されている「たかまつ国際古楽祭」は2017年に始まり、今年が4回目。去年はコロナ禍で中止になったものの、今年は9月25日と26日の二日間、無事に開催されとのこと。音楽だけに留まらず、いろいろ楽しい企画も用意されているようですね。

私は古楽を楽しむ習慣が余り無いので最初は不安もありましたが、いやいやこれは実に楽しいリサイタル。目から鱗の古楽でもありました。
サロンに入ると、いつものスタインウェイは隅に押しやられ、中央に木製のフォルテピアノが鎮座しています。楽器のチューニングの最中でしたが、後で判ったことですが調律されているのが、この楽器の製作者である太田垣至氏。意外にも大変にお若い方でした。

いつものように平井プロデューサーがこれまでの経緯などを説明されましたが、ここで楽器について詳しい解説を、ということで太田垣氏ご本人の登場。
太田垣氏の解説は大変判り易く、また話術に長けたもの。チェンバロが弦を弾いて発音する楽器だったのに対し、フォルテピアノはハンマーで弦を叩いて音を出すこと、ハンマーも初期は動物(特に羊)の皮製だったものがフェルトに変化し、音も安定してきたこと、全部で63鍵、5オクターヴであること、全体が木製なので木の音を楽しめる、などが興味深く語られました。

さて今回のプログラム、鍵盤楽器がチェンバロから現代のピアノへと進化していく過程で制作された楽器であるフォルテピアノが使われていた時代、即ちウィーン古典派の作品が並べられています。
一方、フルートもこの時代に使用されていたもの。古楽のフルートと言えばフラウト・トラヴェルソを思い浮かべますが、今回はそれとは別な楽器でクラシカル・フルート。こちらは柴田氏がハイドン作品の後で詳しく解説してくれました。

柴田俊幸と平井千絵、二人ともとても面白い音楽家で、話し出すと止まらなくなるタイプ。おまけに二人の掛け合いはほとんど漫才のレヴェルで、これほど音楽に、話に惹き込まれたサロンコンサートは稀じゃないでしょうか。余りにも話題が多く、とても全てを覚えきれないし紹介するスペースもありません。要点だけを手短にレポートしておきましょう。
今回のフルートは1780年頃、アウグスト・グレンザーが開発・製作したもの。多鍵式と呼ばれて古典派の時代に使われ、牧歌的な音色が魅力。グレンザーのクラシカル・フルートは、ブラームスの時代まで普通に使われてきたとのこと。現代のフルートは19世紀にテオバルト・ベームが制作・進化させたもので、当時これを聴いたワーグナーは、キャノン砲と揶揄していたという逸話もあるとか。

フォルテピアノに付いては冒頭で太田垣氏が詳しく紹介されましたが、平井氏も、現代ピアノのペダルに相当する機能は楽器の下部にあるレバーを膝で押しながら操作。右レバーは楽器を響かせたり止めたりする機能、左レバーを押すと布がハンマーと弦の間に挿入され、弱音を出すことが出来ることなどを実演を交えながら解説されました。
中でも、フォルテピアノはチェンバロの音量が不足しているので、より大きな音を出すために開発されたというのは誤り。比べて聴けばわかるように、チェンバロの方が大きく華やかな音がする。フォルテピアノは寧ろ弱音をより繊細に響かせる楽器である、という指摘は正に啓示でしたね。なるほどフォルテピアノの魅力はピアノ(p)にあるのか、私にとってこれはこの日最大の収穫だったかもしれません。

聴いてみれば、この日演奏された作品はオリジナルのフルート作品は一つもありません。ハイドンはピアノ・トリオとは言ってもチェロの役割は和声の支え程度。フルートと鍵盤だけで十分に楽しめます。
2曲目のベートーヴェンは、柴田氏曰く「ダサい音楽」。そのダサさについて柴田・平井漫才が繰り広げられましたが、なるほどベートーヴェンとしては異色。今回演奏されたのは、作品25のフルート三重奏曲として知られるセレナードをフランツ・クサヴァー・クラインハイツ Franz Xaver Kleinheiz (1765-1832) (プログラムにはカール・クサヴァーと表記されていましたが、帰宅してからネットでググってみるとこちらではないか、と)が二重奏にアレンジしたもので、ベートーヴェン本人もこの編曲を認め、作品41として出版されたもの。ダサい作品を洗練されたデュオで楽しみました。

前半は余り聴かれることの無い作品でしたが、後半は名曲中の名曲。ここで楽器も替わります。前半が4つのパートに分離できる4管式でしたが、後半は3管式。名称もロマンティック・フルートと呼ぶべきものだそうで、指使いも音色も進化した、と言って良いのでしょう。
モーツァルトのソナタは、前回のサロンで辻彩奈も弾いたヴァイオリン・ソナタのフルート版(辻彩奈と聞いて隣の紳士が悔しがってました)。鵠沼では何度も登場している定番です。楽器がロマンティック・フルートに替ったこともあるのでしょうか、特に第2楽章メヌエットの極めてロマンティックな演奏に胸を打たれました。

ここでフォルテピアノのソロも1曲、ということで平井が集中して録音を続けているモーツァルトのソナタから、飛び切りの名作トルコ行進曲付。最近になって自筆譜が発見され話題になりましたが、今回は自筆ヴァージョン。以前に録音した同曲は古臭くなりました、とのこと。これまで聴き慣れたのとはチョッと違う箇所もあるトルコ行進曲を堪能します。
最後のベートーヴェン/ロマンスは、現代のフルートを完成させたテオバルト・ベーム Theobald Boem (1794-1881) の編曲。演奏前の柴田解説によれば、ベーム式フルートが如何に優れているかを証明するために編曲されたものの由。ベーム式フルートのための編曲を敢えてクラシカル・フルートで演奏して聴かせるという、柴田のへそ曲がりを自虐的解説付きで。

惜しみない拍手に続いて花束贈呈があり、アンコールへ、という運びなのですが、アンコール演奏前にまたしても抱腹絶倒トーク。ここではベルギー在住の柴田と、オランダ生活の長い平井の文化談義に。
先ずは日本では滅多に演奏する機会が無いサロンを絶賛し、特に楽屋(2階スペース)がヨーロッパ風であることを激賞。みなさんも音楽家になって一度はこの楽屋を体験してください、と。挙句の果てには柴田が “ベルギーのジョークをお見せしましょうか” と切り出し、椅子を取り出して靴紐結びのコントを披露。中々アンコールが始まりません。
漸く吹き始めた一品は、ベートーヴェンが編曲した日本では「庭の千草」として知られる歌。これもフォルテピアノでは足りない音域を飛ばして演奏します、ということで最後も大きな拍手で二人に大喝采が送られました。

普通なら2時間で充分収まるプログラムでしたが、二人のトークが盛り上がって、何と終演は9時半。30分以上も押してしまいましたが、何とも楽しいサロンコンサートになりました。今まで古楽には余り関心がありませんでしたが、これなら高松に行くのもありかな、と思える夜でしたとさ。

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