読売日響・第612回定期演奏会

読売日響の10月は、沖澤のどかが2回、小林研一郎が3回と各シリーズを指揮してきましたが、私は10月29日一日限りの鈴木優人が振る定期演奏会を聴いてきました。
定期演奏会らしく日本初演作品が2曲も並ぶという中々にハードな、そして興味をそそられる次のプログラムです。

ライマン/シューベルトのメヌエットによるメタモルフォーゼン(日本初演)
アデス/イン・セブン・デイス(日本初演)
     ~休憩~
シューベルト/交響曲第8番ハ長調D944「グレイト」
 指揮/鈴木優人
 ピアノ/ジャン・チャクルム
 コンサートマスター/林悠介

鈴木優人の読響定期登場は、去年11月以来ほぼ1年振り。あの時はシューベルトの命日に当たっていて、公式には同じ日に初演されたと言われている第4交響曲と、シューベルトの題材を基にリメイクされたベリオのレンダリングが取り上げられました。曲目を見れば判るように、今回はその続編、第2弾と言うべきでしょうか。
ピアニストの名前が挙がっていますが、これは真ん中で取り上げられたアデスのソリスト。この作品は形を変えたピアノ協奏曲でもあります。このソロ、当初の発表では今年のプロムスでも活躍したヴィキング・オラフソンが担当するはずでしたが、渡航制限によりチャクルムに替ったもの。チャクルムも2週間の待機期間をクリアして来日したはずです。

シューベルト作品を再構築する試み、様々な現代作曲家が挑戦しているようで、前回のベリオに続いて今回はドイツのアリベルト・ライマン (1936-)。実はこうした作品を集めた格好なCDも出ていて、それはオーケストラは違うけれど日本でも大人気のジョナサン・ノットが指揮したもの。チューダーというレーベルから出ているこのアルバムにはレンダリング、今回のライマン作品も含まれていて、来年は第3弾としてツェンダーかシュヴェルツィクが取り上げられるのでは、と予想してしまう程にピッタリな企画なんですね。
ライマンが素材として選んだのは、ドイチェ番号600が振り当てられているピアノのためのメヌエット嬰ハ短調。楽譜にしてたった1ページの短いものですが、解説(澤谷夏樹氏)によると、これにライマンは第1に室内管弦楽合奏用へと編成替え、第2に本歌(メヌエット)を切り刻む。第3に切り刻んだパーツの間に新たに作曲した各部を挿し入れたのだそうな。出来上がったものが、10人による合奏曲です。

1997年に作曲され、初演はその年の12月8日ケルンにて。プログラムには紹介されていませんでしたが、初演を行ったのはクレメラータ・ムジカのメンバーたちで、ギドン・クレーメル、ヴェロニカとクレメンスのハーゲン兄弟、フルートのシャロン・ベザリーやクラリネットのザビーネ・マイヤーといった錚々たるメンバーたちでした。
今回はもちろん読響の首席たちよる演奏。凡そ8分という短い時間でしたが、鈴木優人の下、ライマン風味付けによる不思議なシューベルトを味わいました。感想は微妙、シューベルトというよりライマンの味付けの方が目立っていたと感じましたがどうでしょうか。

舞台中央奥に纏められた譜面台と椅子が慌ただしく舞台変換され、中央に曳き出されてきたピアノは、何とカワイ製。先日終わったばかりのショパン・コンクールの配信ですっかり有名になったシゲル・カワイのピアノですが、今回アデス作品に選ばれたジャン・チャクルムは、2018年の浜松国際ピアノコンクールの優勝者。トルコ生まれの若干24歳という逸材で、今回が読響との初共演だそうです。
チャクルム、私は2019年のフェスタ・サマーミューザで東京交響楽団とシューマンを共演するのを聴いていて、その時もピアノはカワイでした。あの時は熱烈なピアノ・ファンが殺到し、チケット完売。異様な熱気の中、同郷のファジル・サイが作曲したブラック・アースをアンコールして客席からの大喝采を浴びていたことを思い出します。このブログにも感想を纏めてありますので、興味ある方はそちらもご覧ください。

ということで、今回はオラフソンのピンチヒッターでしたが、チャクルム目当てでチケットを買った方も少なからずおられたのではないでしようか。ミューザでのアンコールでも想像できるように、現代作品との相性も十分。
トーマス・アデス (1971-) のイン・セブン・デイズは、タイトルから予測できるように、天地創造の7日間を扱った7楽章の音楽。2008年に作曲され、同年4月28日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホール、ニコラス・ホッジスのピアノと作曲家自身の指揮するロンドン・シンフォニエッタで初演されています。

しかし作品を委嘱したのはサウスバンク・センターとエサ・ペッカ・サロネン率いるロス・アンジェルス・フィル。既にCDもいくつか出ていて、楽譜はフェイバー社から出版されています。3管編成で打楽器多数。弦楽器は最大と最小人数が指定されていて、特にコントラバスは出来ることなら5弦のものを使うようにという指示もある程。
またスコアの最初のページにはタイトルに続いて「Piano Concerto with Moving Image」という副題もあって、本来は映像を伴いながら演奏される作品なのかもしれません。解説では一切触れられていませんでしたが、今回は映像の影も形もなく、普通にピアノ協奏曲として紹介、日本初演されました。

タイトルの通り7つの楽章として構成され、もちろん各楽章が天地創造の7日間に相当します。即ち、1.混沌―光―闇 2.水を大空と海とに分ける 3.地―草―木 4.星―日―月 5.フーガ:海と大空の生き物 6.フーガ:地の生き物 7.観想。全体は通して演奏されますが、実に難しい譜面で、スコアを見て聴いても何処が楽章の切れ目なのか分からないほど。何となく天地創造を思い浮かべながらの30分でした。
リズムの定まらない、というか複雑に絡み合って聴こえる混沌から始まり、劇的な展開を経て、最後は平穏な雰囲気で終わる。ピアノ協奏曲とは言いながら、ピアノのソロを伴う交響曲という印象でした。確かアデス自身と録音しているキリル・ゲルシュタインもそのようなことを言っていたような・・・。

難曲を見事に演奏したチャクルムとオーケストラに拍手喝采、いや喝采はなかったけれど、それに相当するような大拍手が贈られ、アンコール。チャクルムが譜面を抱えて登場し、鈴木優人も後を追います。何を弾くのかと見ていると、アデス作品で譜捲り氏が座っていた椅子に鈴木が腰かけ、連弾でブラームスのワルツが始まりました。都合4曲、1・4・14・15番が一気に弾かれましたが、最後の15番は誰でも知ってるあのメロディーですよね。中学の音楽教科書に載ってましたが、今は違うんでしょうねェ~。
ということで2曲続けての現代作品・日本初演でしたが、最後は舞台の上も下も笑顔が花開きます。

いつものコンサート会場でも滅多に味わえない音空間を漂った後、20分の休憩を取って後半はシューベルトのグレイト。ここでは前半とは打って変わり、楽員たちの表情も笑顔溢れるシューベルトが流れていきます。
冒頭の序奏部、予想していたより遅めのテンポでしたが、アレグロに入ってからは速目のシューベルト。硬質なティンパニが炸裂し、躍動感に満ちた鈴木優人の指揮にグイグイと惹き込まれました。

改めて鈴木優人の才人ぶりを体験した定期でしたが、アンコールがあったことや拍手がいつまでも続いていたこともあり、時差退場でホールを出ると9時半。シューベルトじゃないけれど、グレイトな一夜でしたね。

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