強者弱者(45)

焚火

 四日 政事始め。五日 新年宴会。あやにかしこき雲の彼方の事どもは知るによしなし。漂泊者の新年は焚火の快楽に尽きたりと見ゆ。松柏も霜にいたみては火にあうて枯草の如し。上野公園、芝山内など時に漂泊者の落葉を焚いて暁の夢を貪るものあり、其生木の枝をさきて霜のまゝ火に投ずるを見るにパチパチと音して燃ゆることさながら薄紙の如し。勿論、其筋には内証の事と知る可し。
 六日 消防出初式、警鐘の響に今更驚き出づるもをかし。蒸気ポンプの競争は日比谷にふさはしけれど、梯子乗、木遣音頭は池の端にふさはし。消火機関の整備とゝもに年々江戸趣味の廃れゆくも自らなる世のさまと知るべし。

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ここに書かれているように、焚火には不思議な魅力があります。秀湖は別著「声なきに聴く」というエッセイ集の中でも「焚火の魅惑」という一文を残しているほど、焚火には深い思い入れがありました。
私も子供の頃、家の庭でよく焚火をしたものですが、火の不思議な魅力を懐かしく思い出します。

昨今も経済事情から家も職も失った人たちが街に溢れていますが、この期間は焚火大会でも催したら、などと考えてしまいます。
もちろん「其筋には内証」と言うわけにはいかないでしょうが。

「松柏」(しょうはく)はもちろん松と柏のこと。即ち常緑の葉を指していますが、ここから転じて操を守ることの喩にも使われますね。
ここでは文字通り、松や柏の葉も霜にやられれば枯葉のようになってしまうということでしょう。

六日の消防出初式は、江戸の儀式が現代まで伝わっているもの。現在は東京ビッグサイトで行われる一種のイヴェントになっているそうですね。
100年前は日比谷や池の端だったことが判ります。

今年のバージョンはこれ↓ テレビ中継もある由。

http://www.tfd.metro.tokyo.jp/inf/h21/12/dezome.html

 

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