強者弱者(９８)

初夏

　此頃五月人形の市盛りなり。若葉の風涼しき街樹の蔭、早く龍紋氷室の旗を見る。電車の天上など飲料水の広告にて眼も彩なり、シャンペン、サイダーといふものゝ味、シャンペンに似かよひて口あたりよし。近年の流行、何事にも上流の豪奢を学ばんとする人心の趨向推し量られて卑し。サイダーの味は『三ツ矢』に尽きたり。『金線』之に次げども『三ツ矢』の清涼に及ばず。『三ツ矢』の欠点を云へば罎によりて砂糖分の差著しきものあると、嚥下して後、舌に甘味の残ること之なり。
　三日　八十八夜、関西にては今田植の盛りなり。近郊にては此頃より田に水を引き、苗床に種を下す。

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「龍紋氷室」(りゅうもんひむろ)は、明治時代の氷の会社です。ＰＤＦですが、こんな資料がありました。↓

http://www.rikkyo.ne.jp/grp/eco/paper/images/58_4_7.pdf#search=’龍紋氷室’

サイダーの歴史についてもＵＲＬを引用しちゃいましょう。三ツ矢サイダーに関するウィキペディアです。
金線サイダーについては、このページの下方、備考に詳しく紹介されています。
いずれにしてもシャンペンに似た、という高級感が売りだったようで、明治期には大流行したようですね。↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E3%83%84%E7%9F%A2%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC

「罎」は現在の「壜」と同じです。

「嚥下」は「えんげ」と読むのが一般的なようですが、原書では「えんか」とルビが振られています。私はこの本を読んで育ちましたから、ずっと「えんか」だと思っていました。

あるとき子供が喉を痛がったので、“えんかする時に痛いの？”　と聞いたところ、家内が“馬鹿ねぇ～、演歌なんか歌わないわよ”　と言われたことがありましたっけ。阿呆な会話ですわ。

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