強者弱者(48)
江東の春寒
九日 初卯、亀戸天神の繭玉、よき人の手に入りて春風自ら生ず。粋人所作の思入ありてよろしく香取神社の恵比寿、大黒、萩寺の布袋、常光寺の寿老人、普門院の毘沙門天、東覚寺の弁財天、租神社の福禄神をめぐる。昔は武総の国境黄茅白葦蕭條として『易水に蕪流るゝ』春の寒を偲ばしめたる処、今は都市の膨張につれて情趣また見るべからず。所謂亀戸遊園地なるもの、あやしげなる新築軒を並べて皆御神灯をかゝげたり。日清紡績の煤煙にまみれ、太平町の泥濘に没して快しとする者は行きて旗亭『いく稲』に飲むべし。『鯰長』の掛行灯は清元の出にて御家人を迎ふ可く、これはラッパ節にて『紳士』を呼ぶ可し。若しそれ『枯蘆の日に日に折れて』流るゝ情趣を掬せんとせば、去って遠く木下川の畔に出でざる可からず。
十日 初金比羅、虎ノ門に詣づるもの芸妓、俳優、消防夫など此都市の粋と称する者をあつめて雑踏甚し。
十二日 初弁天、上野輪王寺の大僧正、山内の僧侶を率いて不忍に祈祷す。参詣者多し。
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これは読む人の教養が問われるような文章で、私にはハードルが高いものの一つ。
「初卯」(はつう)はその年の最初の卯の日に神社にお参りすることですね。東京では亀戸の妙義神社。ここで縁起物の「繭玉」を貰います。繭玉は豊作の象徴で、小正月の飾り物。
因みに今年(2010年)の初卯は1月5日でした。
粋な人はこの時に七福神巡りをしました。七福神は現在は何処にでもあるようですが、江東地区の七福神がこれ。現在は亀戸3丁目から4丁目にかけて点在しています。
「黄茅」は「こうぼう」、「白葦」は「はくい」と読んで、夫々黄色い「かや」、白い「あし」の意。心悲しい冬景色を表現しています。
『易水に蕪流るゝ』は恐らく俳句の引用でしょう。蕪村の句に『易水に蕪流るゝ寒さかな』という句があったはず。蕪は「かぶら」ですよ。易水(えきすい)は中国の故事。
もうひとつ、『枯蘆の日に日に折れて』も俳句だと思いますが、誰の句が思い当りません。いずれにしても冬の一句には違いないでしょう。
『鯰長』(なまずちょう)も『紳士』も私には解読不能。前者は料亭の名前、後者は流行歌の一節のようですね。
そのほか、蕭條、『いく稲』、木下川については既に取り上げたことがあります。夫々(31)、(28)、(9)を参照してください。
今年の初金比羅は幸い日曜日、物見遊山に出掛けてみては如何でしょうか。
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