“ちかしオーケストラ”を聴く

昨日は池袋の東京芸術劇場で“ちかしオーケストラ”のファイナル・コンサートを聴いてきました。不勉強ながら、その名前も初めて聞いたオーケストラです。

“ちかし”とは、NHK交響楽団のコンサートマスターであった田中千香士のこと。N響退団後は室内楽奏者や指揮者として、また特に重要なのは東京藝術大学で教授を務め、多くの優れた音楽家を輩出。我が国音楽界の重鎮でありながら、その人柄が多くの楽人を魅了してきた方でした。

でした、と過去形なのは去年(2009年)の1月19日に69歳で亡くなられたから。1月31日が誕生日でしたから、あと2週間ほどで古希を迎えられる寸前のことです。

私が定期会員として毎月のようにN響を聴いていた頃は、千香士さんは京都市響のコンマスでした。社会に出て会員を辞めざるを得なかったのとほぼ同時にN響のコンマスになったと記憶しますから、私は専らテレビでその雄姿に接するのがほとんどでしたね。

千香士の訃報に接した直後のこと。クァルテット・エクセルシオが間宮芳生の弦楽四重奏曲を弾くコンサートの試演会の場で、千香士さんの様々な活動についても話題になりました。

以下、その時にブログに書いたことの転用。

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間宮の弦楽四重奏曲第2番は、田中千香士氏によって(氏を第1ヴァイオリンとするメンバーによって)初演されました。
田中氏は作品を大いに気に入り、弦楽合奏による演奏をしたい、と間宮氏に申し入れされたそうです。そこで間宮氏はコントラバスのパートを加筆し弦楽オーケストラ版を完成、田中氏の指揮で初演され、この形での録音も存在するそうです。

ご承知のように、田中千香士氏はつい先日お亡くなりになりました。
第2弦楽四重奏曲は、そもそもシカゴの日本領事館職員の中根献二氏への追悼の意味を含んだ作品。
この日の演奏は、公にはしないけれども、田中千香士氏への追悼の気持ちを籠めて行われたことを報告しておきます

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それからほぼ1年、千香士さんを追悼するコンサートが行われたのでした。(田中先生とは誰も呼ばない千香士先生、と林智之氏がプログラムに書かれています。)

“ちかしオーケストラ”は、氏が長年指導して来られた岐阜県のオーケストラが切っ掛け。氏を慕う演奏家たちが声を掛け合ってオーケストラを結成し、第1回のコンサートを開いたのが2008年1月31日のトッパン・ホールでのこと。
千香士さんの誕生日に合わせた演奏会で、ベートーヴェンの第5、第6交響曲が演奏されて大評判になったそうです。もちろん指揮は田中千香士。

その翌年も第2回が企画され、2009年2月2日に紀尾井ホールでメンデルスゾーンの第3、第4交響曲のプログラムが披露されたのでしたが、氏は上記の通り演奏会に先立つ2週間前に逝去されました。
コンサートは主人公無しで行われ、前半は指揮者なしで、後半のスコットランドはコンマスの豊嶋泰嗣が「棒」を振っています。

それから1年、故人の願いであったベルリオーズの幻想交響曲を演奏することで“ちかしオーケストラ”のファイナルが企画され、指揮者として広上淳一の協力を得て演奏会が実現することになったのでした。

以上が経緯。メンバーはもちろん千香士さんと演奏を共にしたいという情熱を持った錚々たるプロフェッショナルたち。当日のプログラムにはメンバー全員の名前が記載されていましたが、名前と顔が一致する名手たちがズラリと揃っていました。目指すは田中千香士が理想とした究極の「プロの技量を持ったアマチュア・オーケストラ」。

その豪華さを表現するに、例えば第1ヴァイオリンの1番プルトは渡島泰嗣(新日本フィル)と山本友重(東京都響)が、第2ヴァイオリンの1番プルトに永峰高志(N響)と戸上眞里(東フィル)が座っていることでも明らかでしょう。

曲目はベルリオーズ1曲のみということで、開演は午後8時。私の記憶する限りでは広上淳一が東京圏で幻想を振るのは初めてじやないでしょうか(私は札幌で聴いたことがありますが)。
この日は珍しく第2楽章にコルネットを追加したバージョンが使われ、最終楽章の鐘は本物の鐘を調達してきていました。

アンコールは、千香士さんが大好きで、第1回演奏会のアンコールでも演奏したというドビュッシーの牧神の午後への前奏曲。

更に盛大な拍手に応えて再度マエストロが登場し、田中千香士氏の思い出が語られた後、故人のボーイングが書き込まれた楽譜を使ってグリーグのホルベルク組曲から第4楽章の「エア」を演奏。美しい弦楽の響きの裡に、故人の功績と人柄が偲ばれました。

コンサート終了後も、ホールを埋め尽くした聴衆からは楽員が舞台を引き揚げるまで熱い拍手が贈られていました。

ファイナルと銘打ったコンサートではありましたが、このまま終わらせてしまうのには惜しいアンサンブルではないでしょうか。

 

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