東京都響・第656回定期演奏会
東京都響は遥か昔、確か若杉時代に暫く定期会員でした。最近は時々ツマミ食いをする程度、熱心な聴き手ではありません。
都響は現代音楽、特に邦人作品の演奏に熱心で、以前には作曲家の個展のようなシリーズをやっていました。ここ数年は、別宮貞雄のプロデュースによる、「日本管弦楽の名曲とその源流」というシリーズを敢行していますね。
去年もこのシリーズを楽しみ、その感想は日記にアップしておきました。で、今年はこれ。
東京都響・第656回定期演奏会Aシリーズ 東京文化会館
武満徹/弦楽のためのレクイエム
武満徹/アステリズム-ピアノとオーケストラのための
武満徹/系図-若い人たちのための音楽詩
~休憩~
ベリオ/シンフォニア
指揮/沼尻竜典
ピアノ/小川典子
語り/水谷妃里
アコーディオン/御喜美江
声楽アンサンブル/二期会マイスタージンガー
コンサートマスター/矢部達哉
会場に着くと、丁度プレトークが始まったところ。去年は別宮御大の長々とした話に苦笑しましたが、今年は評論家・奥田佳道氏。途中からマエストロ・沼尻も加わって、今日の聴きどころを一くさり。
奥田氏は評論家風に、今日の武満作品は初期、中期、後期を代表する云々と紹介されましたが、沼尻氏は演奏家の観点から、“今日のリハーサルでもレクイエムと系図を続けてやったんですが、作風は変わってませんね。不協和音を一杯使うんですが、決して汚い響きにならない。いかにも耳の良い作曲家の仕事、という感じです”と、立場の違いが鮮明。
ベリオについては、当然ながら第3楽章のパロディ満載が話題になり、“2週間後に「薔薇の騎士」やるんですが、それがチョロッと2箇所出ます。そこに来るとドキドキして・・・”なんてチャッカリ宣伝もしてましたね。えぇ、薔薇、楽しみにしてます。尤も滋賀県遠征じゃなく、同じ水辺でも横浜観戦を決め込んでますがね。
ということで前半は武満ワールド。最初のレクイエムからして、やや速目のテンポによる極めて熱い演奏。作品の形式感がシッカリしているので、初めて聴く人にもレクイエムの構成がキチンと伝わったでしょう。このところの沼尻の充実ぶりは凄い! 頭はクールだけれど、心は熱い。そういうタイプの指揮者になってきましたね。
アステリズムは名曲。しかし演奏には困難が伴う所為か、取り上げられるチャンスは少なく、今日のヴィルトゥオーゾ・小川典子を迎えた演奏は極めて貴重な機会と申せましょう。
私が「タケミツ」を意識したのは、確か東京オリンピックを記念したコンサートでの「テクスチュアズ」。従って、私が最も好きな武満作品は1960年代に集中しているような気がします。
ここでも8分あたりから始まるクラスターによるクレッシェンドが圧巻。リハーサルでは10秒くらいで止めたそうですが、本番ではかなり引っ張りましたね。武満には珍しい、音響のスリルを満喫しました。
系図は“エッ、これが武満?”、と言うくらいメロディーが美しく、そのために批判もあった作品です。しかし改めて聴いてみると、これはこれで武満を代表する作品だと思いました。
アコーディオンを使っていることもあるでしょう、詩の内容もあるでしょう、一言で言えば「レトロ」、それも昭和レトロ、という感じがします。クラシック音楽は・・・、などと固いことを言う前に、ホロッとさせてしまう情感があります。
私は初演以来ずっと遠野凪子の語りで聴いてきたし、楽譜にも10代半ばの語りが相応しい、と書かれていることもあって、今日の語りは少しテンポが速すぎるような印象があり、語り手の声の質にやや違和感を覚えたのも事実です。
しかしそれは些細なこと、沼尻=水谷コンビは、既に仙台でも演奏しているのだそうですね。
アコーディオンの御喜美江(みき・みえ)は日本初演の頃から同じですね。懐かしさも同じでした。
後半のベリオ。これも面白い作品です。オルフにとっての「カルミナ・ブラーナ」、メシアンにとっての「トゥーランガリラ交響曲」と同じように、「シンフォニア」はベリオの代表作。うっかりするとベリオはこれだけ、となりかねません。それほどにこれは現代音楽としてはしょっちゅう演奏されるし、聴く度に面白い曲だと思います。その度に楽譜が欲しくなるのですが、未だに実現していません。お値段もベリオ作品ではダントツに高価ですからね。なかなか勇気が要ります。
前半最後の系図と同様、声楽と言うより語りに近い8人のソリストがマイクを使う、という点でも、武満作品からのつながりが感じられます。やはり凝ったプログラム。
今日の沼尻も実によくスコアを捉えていて、寸分の隙もない名演だったと思います。
東京都響も良い仕事をしています。今年に入って東京のオーケストラを聴くのは3つ目ですが、優劣ではなく、夫々が個性的な響きを獲得していることに改めて感心もし、頼もしくも思いました。
都響について言えば、音がカチッと纏まり、輝きを放っています。磨けば磨くほど光るダイヤモンドに喩えたら良いのでしょうか。
アステリズムでは、正に小川典子のダイヤモンドのような音色と見事にマッチ、光輝く武満トーンをホール一杯に鳴り響かせたのです。
インバルのマーラーでは満席だったという客席、かなり空席も目立ちました。その代わり、批評家率が極めて高いコンサートでもあったようです。エッ、あの人も来てる、なんて思いましたから。
こういうコンサートにもっと人が集まるようになれば、東京のコンサート・ライフももっと充実してくるでしょうに・・・。なかなか難しいものですナ。
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