復刻版・読響聴きどころ(4)

2007年2月定期の聴きどころです。指揮はマンフレッド・ホーネック。例によって最後はコンサートを聴いた感想です。

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これは定期演奏会には珍しいプログラムですね。例えば「皇帝円舞曲」は、どのオーケストラも今どきの定期ではほとんど取り上げないと思います。

全部で5曲が演奏されますが、演奏される作品に統一したテーマはあるか、ということも考えてしまいますね。
ムソルグスキーとメンデルスゾーンは「夜」という題名に繋がりがあります。続くシュニトケはタイトルでメンデルスゾーンと関係があるように見えますが、実態は内容でしょうか。そのことは後述します。
それが理解できれば、ヨハン・シュトラウスへの繋がりも納得できそうです。
最後のラヴェルは、ワルツ繋がりという以上にシュトラウス讃歌ですね。中々に凝ったプログラムと申せましょう。

また別の視点からこのプログラムを眺めてみると、これらはどれも作曲に紆余曲折があった作品、ということが言えそうです。詳しい作曲の経緯などは当日のプログラムに書かれるでしょうから、そちらで確認してください。

それでも簡単に触れておくと、

①ムソルグスキーの「禿山の一夜」は、アイディアこそムソルグスキーのものながら最終的には纏まらず、リムスキー=コルサコフによって完成された。
②メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」は、序曲のみ最初に作曲され、付随音楽は遥か後になって追加されている。
③シュニトケの「夏の夜の夢、ではなくて」は、ザルツブルク音楽祭から委嘱されたけれども、作曲家が重い心臓病を患ったため予定の年には間にあわず、1年延期された。
④ヨハン・シュトラウスの「皇帝円舞曲」は、献呈を巡って事情が錯綜した経緯がある。
⑤ラヴェルの「ラ・ヴァルス」も構想から完成まで長い時間を要し、バレエとして上演するにも様々な確執が生じた。

というような具合です。

それでは思いつくまま聴きどころを挙げましょうか。例によって我流です。

先ずシュニトケの「夏の夜の夢、ではなくて」。ドイツ語のタイトルは (K)ein Sommernachtstraum です。実は楽譜もCDも手元に無いので、聴きどころはこちらが知りたいくらいです。それでも多少なりとも調べた結果を報告することで、聴きどころに代えましょう。

名曲シリーズで紹介されたシュニトケ作品はシコルスキから出版されているものでしたが、これはウィーンのユニヴァーサルから出版されています。そこでユニヴァーサルのホームページからの引用。

楽器編成はフルート4(4本ともピッコロ持ち替え)、オーボエ4、クラリネット4(全てB管、第4のみバス・クラリネット持ち替え)、ファゴット2、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、チューバ1、ティンパニ、打楽器多数(5人で担当)、ハープ、チェレスタ、チェンバロ、ピアノ、弦5部という構成です。編成は大きいものですが、特殊な楽器を使うわけではないようですね。演奏時間は10分と表記されています。

初演は1985年8月12日、ザルツブルク音楽祭の一環として、祝祭小劇場で行われました。レオポルド・ハーガー指揮ウィーン放送交響楽団。
今回の読響による演奏は、ユニヴァーサルのサイトでも紹介されております。マンフレッド・ホーネックは2005年4月8日にウィーン交響楽団を指揮し、ムジークフェライン大ホールで既に演奏しているそうです。

初演時のプログラムノートによれば、これはシュニトケが若い時に過ごして大きな影響を受けたウィーンに繋がりのある作品で、モーツァルト=シューベルト風のロンドを借用(steal)したのではなく、フェイク(fake)したもののようですね。
タイトルの通りシェークスピアとは無関係なのですが、シェークスピア風のセッティングで演奏されるべきだと書かれています。直前にシェークスピアそのものとも言うべきメンデルスゾーン作品が演奏される意味が、ここにあるのでしょう。

これはまたシュニトケのウィーン讃歌とでも言い得る作品のようで、シュトラウスに先立って演奏される意味も兼ねているものと想像します。

続いてメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」。
今回は序曲、夜想曲と結婚行進曲が演奏される予定です。前にも書いた通り、序曲は17歳のときの作品ですが、他は34歳のときに作曲しています。
聴きどころは、その作風に年齢差による違和感がないところでしょう。成長していないとみるべきではなく、如何にメンデルスゾーンが早熟の天才であり、生涯に亘って均斉の取れた作風であったかを楽しむことが大切だろうと思います。

もう一点、楽器についても。

序曲は普通の2管編成で書かれていますが、金管ではトロンボーンがない代わりに、オフィクレイドが使われます。耳慣れない楽器ですが、現在ではチューバで代用されるため、ほとんど言及されることはないようです。今回も恐らくチューバが使われると思いますので、注目されることはないでしょう。
しかし折角の機会ですから、この楽器について紹介しておきましょう。

オフィクレイドは低音を受け持つ金管楽器として開発されました。1817年に通称アラリという人がパリで製作したのです。
名称はギリシャ語の ophis(蛇)と kleis(鍵)に由来します。S字形の管が蛇を連想させるのですね。
最初は軍楽隊で使われていましたが、1819年にスポンティーニがオペラ「オランピ」で使用したのがオーケストラに登場した最初ということになっています。

メンデルスゾーンが「真夏の夜の夢」序曲を作曲したのは1826年ですから開発から10年以内のことで、メンデルスゾーンが進取の気性に富んでいたことの証とも言えるのではないでしょうか。
オフィクレイドはベルリオーズが幻想交響曲で2本も使いましたが、これは1830年。その他シューマン、リストなども少ないながら使っています。
しかしワーグナーの時代になるとチューバに主役の座を譲り、現在では「絶滅危惧の楽器」になってしまいます。極めて短命でした。

メンデルスゾーンが序曲に続くものとして付随音楽を作曲したのは1843年で、オフィクレイドは最早衰退し始めていたのではないでしょうか。
しかしメンデルスゾーンは付随音楽でもオフィクレイドを指定し、序曲との統一を図っています。今回演奏される結婚行進曲も、金管楽器はホルン2本、トランペット3本、トロンボーン3本の他にチューバでなく、オフィクレイド。
ここにもメンデルスゾーンの「賢さ」を感ずるのは私だけでしょうか。

長くなりました。一旦切りましょう。

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次にヨハン・シュトラウスの「皇帝円舞曲」に行きましょうか。これ、CDで予習しますか?

大抵のワルツは序奏とコーダの間に4つ位のワルツが挟まれています。皇帝円舞曲の場合は4曲ですね。そのワルツのいくつかは繰り返すように書かれているのですが、全部を楽譜通り実行することはほとんどありません。
お持ちの皇帝円舞曲のCDの演奏時間を見て下さい。8分台のものと10分台のものとがあると思います。

実はこのワルツ、コーダにテンポを落として回想するような箇所がありますが、ここはカットしても良いことになっています。
古い録音では、SP1枚に収める関係からカットするのが普通でした。最近は時間の制約がありませんのでカットしません。
それが8分盤と10分盤の違いです。中間のものはテンポの取り方が少し違う演奏でしょう。
ホーネックがどうするかは判りませんが、多分ここはカットしないと思いますね。

さてヨハン・シュトラウスの作品は生前から大変な人気でしたが、スコアの形で生前から出版されていたものは極めて僅かです。記録があるものは、「美しく青きドナウ」、「酒・女・唄」、「親しい仲」、「朝刊」、「新しいウィーン」、「オーストリア音楽の記念碑」だけだそうです。

多くの作品は、様々なアンサンブルにアレンジされて出版されたり演奏されたりしてきました。ある程度纏まったスコアの出版は、オイレンブルク社のポケット版が最初なのです。皇帝円舞曲もその一つ。
現在はドブリンガー社が全集版を刊行中だと思いますが、完結したという話は聞いていません。

最初のムソルグスキーと最後のラヴェルは、あまり細かいことに触れなくともよいと思います。

ムソルグスキーの「禿山の一夜」といえば、普通はリムスキー=コルサコフによる版のことでしょう。オリジナル版というものも聴いたことがありますが、作品としてはリムスキー=コルサコフ版の方が優れているように思いますがどうでしょうか。
今回は特にアナウンスされていないところをみると、リムスキー=コルサコフ版が演奏されるのでしょう。

これはオーディオマニアにも人気のあるオーケストラの醍醐味を聴かせる作品ですから、読響のパワーこそが聴きどころだと思います。

ただ楽譜から一つだけ。
最後の静かなコーダでコントラバスがピチカートを続ける所がありますね。低い「レ」の音ですが、これは5弦のコントラバスでしか出せません。スコアに一番低い弦の調弦を変えて演奏するように指示がある(スコドゥラトゥーラ奏法といいます)のは、4弦のコントラバスを念頭に置いたものです。
ムソルグスキー(リムスキー=コルサコフ)時代のオーケストラでは4弦コントラバスが標準だったのでしょうか。
コントラバスはオーケストラによって様々ですが、読響は4・5弦両方があり、5弦が主体だと思います。わざわざ調弦を変えるまでもないのでしょう。

なお、同時に鳴る鐘(カンパネラ)も「レ」音で、この音の鐘が手に入らない場合には決して他の楽器で代用しないこと、という警告が書かれています。

ラヴェルの「ラ・ヴァルス」もオーケストラの実力を発揮するには最適の作品です。ホーネックと読響きがどんなフランス音楽を聴かせるかを楽しみましょう。

ラヴェルは踊りの音楽に拘った人で、ワルツこそ人間の感情を最大限に引き出す音楽だと言っていますね。そして本当のワルツを書けたのはモーツァルトでもシューベルトでもなく、ヨハン・シュトラウスであると。ですから、ラ・ヴァルスはシュトラウス讃なのです。

これも一点だけ、CDでは決して判らない箇所を紹介しておきます。
これは最初、靄の中からワルツが立ち上がってくる様子を描きますが、弦楽器は全て弱音器(Sourdines)を付けて始まります。暫く進んで第2ハープが登場するあたり(練習番号13)から弱音器を外すのですが、一斉に外すのではなく、一人また一人(Une a une)とバラバラに時間をかけて外していくようにスコアに書かれています。この間24小節(練習番号16まで)。

これをご覧になって、“このオーケストラは統一が取れていない”と批判するのは野暮というものです。
いつの間にかワルツを踊る男女が眼前に展開している、という絶妙な風景を楽しみましょう。

最後に余談ですが、ムソルグスキーとラヴェルには、今年の干支である亥年生まれという繋がりもあるのですね。二人は似ていますかな。
「展覧会の絵」は、そういう誼だったのか! オチもよろしいようで・・・。

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おっと、もう一つありましたね。日本初演情報です。

日本初演はあまり意味がないと思いますが、今回の作品は特定するのが困難です。
先ず間違いなくこれ、というのは、

ムソルグスキー/「禿山の一夜」
1925年(大正14年)4月29日 歌舞伎座 山田耕筰指揮日露交歓管弦楽協会

ラヴェル/ラ・ヴァルス
1932年4月17日 日本青年館 アレクサンダー・モギレフスキー指揮新交響楽団

以上、2曲です。日本初演とは断定できませんが、オーケストラ定期での初登場記録として、

メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」
1928年2月26日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮新交響楽団

このときは序曲、間奏曲、スケルツォ、夜想曲、結婚行進曲が演奏されています。

皇帝円舞曲のオケ定期初登場は、
1937年6月9日 日比谷公会堂 ジョセフ・ローゼンシュトック指揮新交響楽団

これが日本初演でないことはほぼ間違いないと思います。日露交歓音楽会などで演奏された可能性が高いと思うのですが、当時の記録を調べる手段も時間もありません。

シュニトケについては判りません。最近の作品ですから、今回が日本初演かもしれませんが、既にどこかで演奏されている可能性もあるでしょう。ご存知の方がおられましたら、ここに一報頂ければ幸いです。

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読売日響2月の定期はマンフレッド・ホーネック登場、定期としては珍しい構成のプログラムでした。
その所為でしょうか前売りも出ていましたし、会場にも空席があって、定期会員にも欠席者が目立っていたようです。

曲目は順に、ムソルグスキーの禿山の一夜、メンデルスゾーンの夏の夜の夢から序曲、夜想曲、結婚行進曲の3曲、シュニトケの「夏の夜の夢、ではなくて」という作品。休憩を挟んでヨハン・シュトラウスの皇帝円舞曲とラヴェルのラ・ヴァルス。

ホーネックは最初から度肝を抜きます。禿山の冒頭も2拍目と4拍目を強調するようなアクセントで聴き手を驚かせるのでした。どんな僅かなパッセージも意味を持って響く。ホルンのゲシュトップとヴィオラのコルレーニョを同時に鳴らす凄みなどはその典型でしょう。普段聴き慣れているルーチンな禿山とは一味も二味も違うのです。

メンデルスゾーンにも面白い仕掛けがありました。コミュニティの聴きどころでも紹介したように、これはチューバでなくオフィクレイドを使うのですが、チューバ奏者はチューバを使いませんでした。
あれがオフィクレイドなのかどうかは判りません。チューバよりは小型で、管もカーブしています。資料などで見るものとは違うようなので、オフィクレイドそのものではないでしょう。ワーグナー・チューバのバスか、ユーフォニウムでしょうか。
ともかく奏者は普通のチューバの他にこの楽器を持ち込み、ムソルグスキーのチューバから持ち替えて使いました。
ここでオフィクレイドモドキは楽器のみ退場。

シュニトケは文句なく面白かったですね。実はCDを聴いていたのですが、その通りです、って当たり前なんですが、普通に聴いて楽しめる作品です。
CDで聴くと最初のヴァイオリン・ソロがいやに遠く聞こえるのですが、ここは第2ヴァイオリンの一番後ろのプルトが弾くのですね。納得。
クライマックスのカタストロフも期待通り仰け反りました。

皇帝円舞曲は、他と違って極めて柔らかい音を出すように弾かれていました。それが何とも言えず「良い雰囲気」を醸し出していくのです。プレイヤーたちの表情にも微笑が見られ、いかにも楽しそう。ホーネック前回来日時のシュトラウスの夕べを思いだしました。

コーダでテンポを一旦緩め、チェロのソロ、ホルン・ソロと受け継がれて最後にフルートがトリルを奏しながら大円団に持っていく所があります。このフルートの素晴らしさ! 今日のソロは倉田優さん。彼女は日頃から良いフルートだなと思っていましたが、合奏の中からスーッと立ち上がってくる凛とした美しさ。改めて読響は素晴らしい人材に恵まれていると思いましたね。こんなフルート、他にいないのじゃないかしら。

最後のラ・ヴァルスは圧巻。ホーネックの指揮も燃えに燃え、オケも猛り狂って応戦する様は正に地獄絵巻、というのは大袈裟ですが、オーケストラの醍醐味をタップリ味わいました。

ただ、この所精緻な室内楽を聴き続けているためか、時々粗っぽさを感じたのは気の所為でしょうか。オーケストラ音楽の「光と翳」を見たような気もします。尤も、それがこのコンサートの狙いだったのでしょう。

この日のコンサートマスターはデヴィッド・ノーラン、フォアシュピーラーは鈴木理恵子という組み合わせでした。

 

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