強者弱者(82)

清水谷の花

 花は九段にもあり。浅草にもあり。其他学校官衙の庭園はいはずもあれ、東京市中凡そ神社といふ神社、仏閣といふ仏閣にして此花を植えざるものなし。陽春四月高きに登りて俯瞰すれば東京は実にこれ一大桜花園なり。唯其中に在りて余の忘れ難き印象は、夕ぐれ模糊たる壕墟の靄を距てゝ電燈の閃き出づる頃、青山御所のほとりより遠く赤坂見附の花を見たる趣きにあり。更に、春昼弁慶橋を渡りて足を清水谷公園に運べば、残墟廃塁の間、人籟遽に斂まり、四顧寂寥として幽邃の気人に迫るの処、松墻落花を吹いて未だ桜樹の奈辺にあるかを知らざるに至りて尽く。偶深窓の麗人、ひとりゴム草履の音を忍びて落花を踏むに遇う、高島田よし、廂よし、マガレット更に妙なり。再びいふ東京市の桜は赤坂見附、弁慶橋、清水谷公園に尽きたり。

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難しい表現がたくさん使われていますが、何とか読めないこともないでしょう。
それでもいくつか補足すると、

「人籟」(じんらい)は、人がたてる音のこと。転じて人の気配ということでしょうか。

「四顧」(しこ)は、四辺を見回すこと。転じて付近一帯というような意味。

「幽邃」(ゆうすい)は、景色が物静かな様子。

「松墻」(しょうしょう)は、松の垣根。

「奈辺」(なへん)は、どの辺り、という意味。

「深窓」(しんそう)は文字通り「深い窓」という意味ですが、「深窓の麗人」の如く用いて、身分が高く大切に育てられ、世間づれしていない美人のこと。現代では絶滅した人種です。

「廂」は余計なお世話でしょうが、「ひさし」と読みます。
ここに言う廂やマガレットは、前後の関係から髪型の呼称なのかもしれません。この方面は疎いもので・・・。

ここにもあるように、東京の桜の随一の名所は赤坂見附、弁慶橋、清水谷公園。もちろん100年前の個人的な感想でしょうが、私がついこの間まで勤めていた場所。
現在でも四谷土手は絶好の花見スポットですし、弁慶橋に沿うた桜は現在はホテルの敷地になっています。更に、弁慶橋から清水谷にかけての八重桜並木は見応えがありますね。
久し振りに行ってみようかな。

 

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