強者弱者(50)

水禽

 季に入りて市に水禽の趣き深し。半蔵門のほとり壕墟の水痩せて禁城の翠黛千歳の色をたゝへたるに、名も知れぬ水禽の心のまゝに群れつどひたる、芝浦の浜に沿うて走る山手電車の窓より、かもめどり波に浮寝の姿を見る、即かず離れず、御殿山の裾より、田町埋立地のほとりに及びたる、人の眼を慰むること深し。築地、中洲、あたりの町々、海の近づくにつれて軒にうしほの香あり。夜更けて酒を呼ぶ家のきぬぎぬ、客あり。鷗の羽音におどろきさめて朝のさし潮を卜したるもよし。代地を行く人、流に浮ぶ水禽の姿を見て石炭の煤煙にかすむ大川になほ自然の姿を見るべく、流れよる芥に萬有の心を観るべし。

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これも現代では難しくなった言葉が連ねてある文章です。順に行くと、

「禁城」(きんじょう)は皇居のこと。
「翠黛」(すいたい)は文字通り、緑色のまゆずみ。翠色の苔が生して墨絵のように見える様でしょう。

「名も知れぬ水禽」とありますが、これは秀湖があまり鳥には詳しくなく、名前が判らないというに過ぎません。名前も知られていない鳥がいれば新種発見という騒ぎになってしまいます。

「さし潮」は上げ潮に同じ。
「卜したる」の卜する(ぼくする)とは、どうやら占うという意味のようですが、「鷗」(かもめ)の羽音で潮の干満を占うということがあったのでしょうか。

「芥」(あくた)は、塵やゴミのこと。
「萬有」(ばんゆう)は世の中の森羅万象。

当時の山手線の車窓からは、田町辺りの埋め立て地に群れ集う様々なカモたちが手に取るように見えたのですね。現在ならお台場辺りまで遠征しなければユリカモメには出会えません。

 

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