強者弱者(32)
落葉
落葉の音頻りなり。落葉はその晩秋のこがらしに吹かれて高く空に冲し、夕日に翻る態もよし。一度地に委したるが、微かなる風に地を払って行く人の裾にまとひ、即かず、離れず、転々として大地を走り溝に入りて斂まりたるもをかし。されど其最も趣味深きは、暁天澄んで水の如きに、萬象動かず寂寞として死せるが如き時、霜に傷み、寒に驚いて自ら梢を離るゝ落葉の音なり。古の詩人が暁の鐘の響に散るといひけんも机上一片の技巧とのみいふ可からず。
各商店、歳暮年始の贈答品を仕入るゝに忙し。毎年此月に入りて景気よきは畳屋なり。畳屋には老舗多し。南東京に伊皿子の江原あり、北東京に駒込の青木あり、共に江戸開府以来の旧家として聞ゆ。
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これも国語の勉強みたいになってしまいますが、いくつか解説風に。
「高く空に冲し」の「冲する」(ちゅうする)は、高く上るの意味。
「地に委したる」の「委する」(いする)は、ゆだねる、とか、まかせること。
「即かず、離れず」は、「つかず、離れず」と読みます。この漢字だということ知ってますか? 何を今更、と怒られそうですけど…。
不即不離(ふそくふり)の訓読みですね。
「暁天」(ぎょうてん)は文字通り、夜明けの空。
冬に入って間もなく、空気がピタリとして動かず、あたりに静寂が立ち込める刻があります。そんな時の落葉の音を描いた文章。
畳屋の話が出てきますが、後に秀湖が娶ったのは、伊皿子小町とも呼ばれた江原家の娘。この文章が明確に何年のものかは判りませんが、結婚は明治42年(1909年)9月なので、あるいは心当たりがあったのかもしれません。
1990年代までは江原の弟子とか孫弟子と称する人が畳屋の中に少なくなかったのだそうです。
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