強者弱者(71)

雛祭

 三日、上巳の節句、各戸皆雛をまつりて女子の前途を祝福す。蛤の吸物、くはい、うど、蓮根、椎茸の煮しめ、炒豆、五もくめしなど色黒く荒くれたる人の膳にも上りて平和の色門戸の外に溢る。袖長く髪うるはしき人の白酒に瞼を染めたる、少女の幸福ただ此時にありて尽きたりと覚ゆ。
 男あり。暖日、南縁に踞してくはいの煮たるを噛む。若き芽のやゝ苦きは風味ことによし。苦きを噛みて天地の春を想ひ、人生の春を想ひ、更に少女の春を想ふ。春昼寂として遠く鶯の声を聴く。
 野沢の水ぬるみて丁斑魚桶の口に集まる。岸に川柳の芽うるはし。
 猫の恋する声切なり。此頃の雨更けて雪となること多し。あくる日とけて筧を落つる点滴、日ざし暖き障子に潦の影を映してこゝにも春の色鮮やかなるを見る。背戸の林に小鳥の声をきゝたるもうれし。
 蒲公英の花咲き初む。土筆出づ。大森の近郊に菜の花を見る。

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「上巳」(じょうみ)の節句は、「じょうし」の節句と読んでも良く、五節句の一つです。本来は3月最初の巳の日を祝いましたが、後に3月3日に決まったそうです。
女の子の節句で、要するに雛祭のこと。

「丁斑魚」は読めない人がほとんどでしょう。実は「めだか」と読みます。一般的には目高で通しますが、本来は丁斑魚が正しい。

桶は「ひ」。「桶の口」は水を通したり塞いだりする戸口のことで、水門のこと。

「潦」も難しい漢字で、「にわたずみ」と読みます。「にはたづみ」とフリガナを振る方が適切で、雨が降って地上に溜まって流れ出す水のこと。俄かに立つ水を縮めた言葉だという説があるそうです。
現代の作曲家・猿谷紀郎氏が作品のタイトルに用いたことがあり、その時にも言葉の美しさが話題になりました。

「背戸」(せど)は、裏の入口のこと。家の後ろという意味でも使います。

「蒲公英」は読めない人の方が少ないでしょう。もちろん「たんぽぽ」ですね。

 

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