強者弱者(92)

蛙の声

 雨後、夜静かにして遠く蛙の歌を聞く。幽寂の気身に沁む心地す。蟇の恋する声に後るゝこと四十日なり。蟇の子は既に孵化して春雨のしめやかに降りくらす日、蜘蛛の子のやうに散り乱れて路上に這い廻るを見ることあり。仏家の『夏篭り』など思い出づるも此頃なり。溝の淀み、樋の口などに集れる夥しきおたまじゃくしの漆黒にして流れを堰き止めたらんやうなるは気味悪し。
 此頃、桜の若葉に黄昏ジゝとして鳴きすます虫あり、名は知らず、始めて聞く虫の声、転た天地の新なるを覚ゆ。
 縁日にありてはカンテラの光に映る草花の色鮮やかなり。雑誌屋の店頭、四月の増刊、春粧濃やかにして、瓦斯の光に立読みするよき人のけはひなまめかしきも此頃なり。夏帽子売る家の店頭景気づきて、若き客の競ひて買ひ後れじとするも此頃なり。

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蟇(がま)と蛙(かわず)を分けていますが、蟇はヒキガエルのこと、蛙はそれ以外のカエルと考えてよいでしょう。蛙とは狭義にはカジカガエルのことですが、ここではトノサマガエルなどをも指しているのではないでしょうか。

『夏篭り』(げごもり)とは、夏行(げぎょう)とも夏安吾(げあんご)とも言い、僧侶がある期間引き籠って修行することだそうです。
毎年4月16日に始まり、7月15日に終了する由。

「桜の若葉に黄昏ジゝとして鳴きすます虫あり」とされていますが、これが何であるかはよく判りません。
普通、コオロギの類は秋に鳴くものですが、日本にもエゾスズという種類のコオロギが春に鳴きますね。ただ、エゾスズは田の畔などでジー、ジーと鳴きますので、桜の若葉というのとは違うようにも思えます。虫の声は何所から聞こえてくるかハッキリしないこともありますから、秀湖の聞き違いかも知れません。

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