復刻版・読響聴きどころ(17)

どんどん続けます。

これは2007年9月の定期。ミスターSことスクロヴアチエフスキの見事なプログラムです。こういうプログラムだと、自ずから聴きどころについて詮索したくなるではありませんか。

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そろそろ秋のシーズンが始まります。聴きどころトピックを再開しましょう。今まで通りのスタイルです。

さて、9月はいずれも首席指揮者スクロヴァチェフスキが振ります。定期については同じプログラムで大阪公演も行われますから、関西地区のファンにもミスターS/読響の素晴らしい音楽体験が味わえるでしょう。

定期の曲目はモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ルトスワフスキの第4交響曲、それにブルックナーの第3交響曲です。
これは今年4月の定期に連動しているのではないでしょうか。この会も「版」に関する視点があるからです。

更にもう一つ指摘してもよいと思うのは、冒頭の序曲が二短調で始まり、最後のブルックナーも二短調を主調としていること。モーツァルトはどの序曲でもよい、ということではないでしょう。二短調の響きをシッカリ耳に刻みつけ、最後をこの調の主和音で締めくくる。そこに注意して全体を聴かれれば、楽趣また深し、と思われます。

さてモーツァルト、歌劇については触れる必要はないでしょう。今回スクロヴァ氏が取り上げるのは、その序曲にブゾーニが手を入れた演奏会用の版です。

日本初演についてはよく判りません。歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全曲の舞台上演は、1948年12月14日、帝国劇場における藤原歌劇団公演です。マンフレッド・グルリットの指揮、東宝交響楽団がピットに入りました。現在の東京交響楽団ですね。
序曲のみについては、当然これ以前に演奏されているはずですが、日本初演と呼べるものがどれなのか特定できません。オーケストラの定期に限れば、1932年3月13日、N響の前身である新交響楽団の第106回定期で、ニコライ・シフェルブラツトが指揮を致しました。
ただしこれがどの版を使用して行われたのかについては記載がありません。ブゾーニ版はあまり演奏されるものではなく、案外今回が日本初演かも知れません。ご存知の方の情報提供に期待しましょう。

さてドン・ジョヴァンニ序曲は、オペラとして演奏される場合には完全終始せずそのまま第1幕に流れ込みます。ですから演奏会で単独に取り上げる場合は、それなりの終結部が必要になってくるのですね。
実際、モーツァルト自身も序曲用の終結部を作曲しています。私の手元にあるオイレンブルクの全曲スコア旧版では、前段の解説の中にモーツァルト版が印刷されておりまして、282小節から295小節はこちらを演奏することになっています。

またモーツァルトとは別にヨハン・アンドレが書いた版も有名で、ブライトコプフから出版されていますし、演奏には同じもののカーマス版が使われることが多いようです。
モーツァルト版はベーレンライター(旧版)と、やはりカーマスからも出ております。

今回演奏されるブゾーニによるアレンジは、普通の編成(フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部)の他に3本のトロンボーンを加えているのが注目です。
演奏時間もモーツァルトとアンドレが7分ほどであるのに対し、ブゾーニは9分、2分も長くなっています。
私はこの版を聴いたことがないのですが、終結部には第1幕の素材と歌劇の終結部の音楽が取り入れられているのだそうです。オペラでは石像が現れてドン・ジョヴァンニを地獄に連れて行ってしまう場面でも3本のトロンボーンが登場します。
ですから、ブゾーニの着想には根拠があるのです。この序曲、単なる演奏会開始の前菜ではなく、メインディッシュの一つとして味わいたいと考えています。

なおブゾーニ版はやはりカーマス社から出版されております。私は所有しておりませんし、日本の楽譜屋さんの店頭で見た記憶もありません。アカデミアなどで特別注文すれば手に入ることは間違いないでしょう。興味のある方は是非チャレンジしてみて下さい。多分、骨董的価値は出ないでしょうが・・・。

なおドン・ジョヴァンニ序曲の終結部は他にもアレンジがありまして、レコードで聴けるものではストコフスキーのものとクレンペラーのものが残っています。事前に予習される意味で聴かれる方もいらっしゃるでしょうが、特にクレンペラーのものなどは注意されることをお勧めします。

次はルトスワフスキですが、これは稿を改めて別途書き込みしたいと思います。
そこでブルックナーの第3交響曲を先に取り上げます。
ブルックナーについては、4月の第4交響曲でも触れていますから、そちらも参照してください。

さて第3交響曲の日本初演は次のものです。
1962年5月23日 京都会館 ハンス・ヨアヒム・カウフマン指揮・京都市交響楽団。

意外に最近のことだったことに驚きます。使用された版については不明です。
「版」と言いましたが、第3は第4と共に最も版および稿に問題がある作品です。
興味がある方はご自身で文献に当たってみて下さい。簡単にまとめれば、ブルックナーはオリジナル(1873年)を2度改定し(1877年と1889年)、全部で3種類の「稿」が存在します。それぞれに異版(稿)が存在するのもブルックナー先生毎度のこと。
版については、いわゆるハース版は存在しません。手掛ける前にハースが亡くなってしまったからです。これに相当するのがフリッツ・エーザーという人が校訂した「エーザー版」。これは1877年の第2稿に関する出版です。

そして現在最も普通に使用されるノヴァーク版は、3種類の稿全てに出版されています。
この3種類は全て録音などもありますから、事前に聴くことは可能です。ただし稿による違いはかなり大きいので、やはり注意が必要でしょう。

ところでスクロヴァチェフスキは、ザールブリュッケン管との録音ではノヴァーク版による第3稿を使用していますから、今回もこれが使われると思います。4月に紹介したカヒス番号では15番に相当します。

前置きが長くなってしまいましたが、私的聴きどころ。
チョッと一息入れたいので、このトピックは一度切ります。悪しからず。

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書き込みは文字制限がありますので、出来るだけ簡潔に。

聴きどころに行く前にオーケストラ編成を書いておきます。
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部です。これは3種類の稿全てに共通です。

またスクロヴァチェフスキは、第4ではスコアにないシンバルやドラを使うという裏技で我々の度肝を抜きましたが、第3にはそのような特殊な楽器は登場しないでしょう。
レコード録音を聴くと、普段は埋もれてしまっている対旋律がくっきり聴こえてきたり、スコアには指定のないテンポの変化などがあります。マニアックなファンには、その辺も聴きどころになるでしょうか。

私なりの注目点をいくつか箇条書き風に。
ベートーヴェンの第9の影響。
ベートーヴェンの第9はいろいろな意味で後世に影響を与えています。ブルックナーの場合、主調の二短調が同じですね。
それだけに留まりません。第1楽章冒頭の和音はクラリネット2本、オーボエ2本と順次加わっていきますが、これがいわゆる空虚5度。長調か短調かが曖昧にされているのですが、これ正にベートーヴェン第9の手法です。
第4楽章の頭も同じです。こちらはフルート2、オーボエ2、と順次入りますが、第1楽章のコピーの如く、空虚5度が鳴らされます。

第9の影は他にもあります。第1楽章コーダのバスの動き。練習番号Xの2小節目、全体では592小節から延々と繰り返される四つの下降音は、第9の第1楽章から学んだものであることは明らかですね。

ということで、ベートーヴェンの第9の残照を聴きたいと思います。

次は第3稿ならではの筆致。
第3稿はカヒス番号でも明らかなように、第8交響曲の後で手掛けられています。ですからここには最晩年の円熟した筆致が聴かれるのです。その典型が第2楽章。
このコーダの金管の使い方に注目しましょう。特にトランペットの動きですね。188小節の ff から始まるトランペットのファンファーレ風の動きは、正に第8のトランペット・ファンファーレにそのまんま繋がっていると思うのです。全体的には若い時(といっても49歳ですが)の楽想と晩年(65歳)の技とのミスマッチ。私はこの不思議なバランスこそが、第3交響曲第3稿の最大の魅力だと感ずるのです。

以上、聴きどころとして挙げましたが、他にもたくさんありますし、皆様それぞれの聴きどころをお持ちでしょう。是非紹介してくださいネ。

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残る1曲、ルトスワフスキの第4交響曲、彼の最後の交響曲ですね。これは以前日本で演奏されたことがあるのでしょうか。今回のチラシなどには日本初演とは書かれていませんので、前例があるのだと思いますが、私は知りません。

オーケストラの編成は大きなもので、フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ3(3番奏者イングリッシュホルン持替)、クラリネット3(2番奏者Esクラ持替、3番奏者バスクラリネット持替)、ファゴット3(3番奏者コントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器多数、チェレスタ、ピアノ、ハープ2、弦5部。打楽器は順に、シロフォン、マリンバ、グロッケンシュピール、、ヴィブラフォン、チューブラベル、小太鼓、テノールドラム、タンバリン、サスペンデッドシンバル、大太鼓、タムタム、ボンゴ2、トムトム4です。

演奏時間は、スコアによれば22分ほどです。
ルトスワフスキ自身の解説によると、例えばブラームスの第4交響曲は頂点が第1楽章と第4楽章の2箇所あり、自分には重過ぎるのだそうです。そこでこの交響曲ではクライマックスは一つに抑えられています。
全体は二つの部分に分かれますが、楽譜にはその区分けは明示されておらず、全体は1楽章形式の交響曲で書かれていますね。

またこの作品では、指揮者が拍子を取って「振る」部分とアドリブの指定によって、各奏者が縦線に拘らず自由に指定されたパッセージを弾く部分とが交互に現れる形を取っています。
アドリブの箇所では、指揮者は楽譜に指示された箇所を左手で合図するように示されています。その間隔は凡その速度記号や秒数で表示されているのです。

現代音楽に分類される音楽ですが、決して聴き難いものではなく、全体にメロディックで恐れることはありません。メロディーといっても鼻歌で歌えるようなものでなく、極めて暗示的なものですが。

曲は弦楽器とハープのピアニシモで始まります。ここにクラリネットが暗示的メロディーで入ってきます。直ぐにアドリブ指定になり、トランペットのソロが印象的なパッセージを吹きます。こうした繰り返しの後、全オーケストラが三回に亘って和音を叩きつけます。ここまでが第1部で、次に来る主部を暗示し、聴く者の期待を高めるのですね。
この和音も1発目と2発目の間が2秒から3秒、2発目と3発目が3秒から4秒の間隔、という具合に楽譜には書かれています。

長くなるのでそろそろ切り上げますが、主部は主に3部分から出来ています。最初は細かい音符をバックにグリッサンドを多用した弦がメロディーラインを暗示していきます。
中間部はテンポをレントに落とし、管・弦・打楽器が細かい音を鏤めます。まるで秋の虫の音のようです。この間隙を縫って、トランペットや3本のトロンボーンがアドリブで主張していきます。
最後は弦と金管のユニゾンがビッグチューンを高らかに謳い上げます。大変に感動的な場面ですね。

最後に5連音が叩きつけられる所で終わったように聴こえますが、まだまだ。2部からなるコーダが付きます。
前半はこれまでの回想のような断片的アドリブ。チェロがピチカートで3拍子のリズムを開始する所からが本当のコーダで、最後は3拍子リズムを全オーケストラが叩きつけ、実にカッコよく終わるのです。

制限があるので駆け足になってしまいました。ご容赦ください。

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