復刻版・読響聴きどころ(16)

読響は8月の定期演奏会はお休みですが、名曲シリーズは年間12回のコンサートが組まれています。今回は2007年8月の名曲シリーズ聴きどころ。

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まだチョッと早いのですが、当方の事情で書いてしまいます。8月の名曲シリーズ聴きどころ。

この回はグリーグ没後100年とシベリウス没後50年を記念して、北欧の巨匠による名曲が並んでいます。
曲目はグリーグの2つの悲しい旋律とピアノ協奏曲、後半がシベリウスの第2交響曲です。指揮は現田茂夫氏。ピアノは我が国の第一人者・中村紘子さん登場とあって、チケットは完売と聞きました。

順序は逆ですが、最初にシベリウスの第2交響曲。いつものように日本初演情報ですが、これは次のものだそうです。
1927年(昭和2年)5月21日 日本青年館 ヨーゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団(現N響)第10回定期演奏会。

このときはシベリウスがプログラムの最初にありまして、後半は北欧の小品がズラリと並んでいました。イェルネフェルト、スヴェンセン、グリーグです。グリーグは十字軍の兵士シグールと交響舞曲。今回のプログラムと似ていなくもないのですが、イェルネフェルトとスヴェンセンは丁度80年後の今日では忘れられた作曲家になってしまいました。
それは余談。

さてシベリウス第2、日本初演のあとは引き続きN響で近衛秀麿親方が1932年と1934年にも取り上げています。これらが再演、再々演に当たりますが、近衛のシベリウスについては一言紹介しなければなりません。最近出版された「日本のオーケストラを作った男」(近衛秀麿伝)によるものです。

80歳を越えたシベリウスの日課は、全世界のラジオ番組から流れる自作を聴くことだったそうです。このようにしてシベリウスは近衛の振る第2交響曲を聴いて感銘を受け、マエストロをフィンランドに招待したのです。
近衛氏はシベリウスに面会して親しく会話を楽しんだそうですし、実際にヘルシンキ交響楽団の指揮台に立って第2交響曲を指揮しました。このとき近衛は第3・4楽章の木管を補強した「近衛版」を使用したのですが、これが大好評だったそうです。

即ち第2交響曲は2管編成で書かれていますが、シベリウス作曲当時のヘルシンキ響は木管が2本づつしかなかったためのなのですね。スコアに忠実云々は、このエピソードからも判る通り、金科玉条のものでは決してないのです。

そこでオーケストラ編成。
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、弦5部、です。極めて標準的な2管編成。

ここでもエピソードを一つ。岩城宏之氏の回想です。
これはホルンが大変活躍する作品です。従ってホルン奏者には負担がかかりますので、岩城氏は日本で演奏する際にはホルンを倍管にしておりました。
氏が海外に進出し、あるオケでこれを取り上げたとき、日本同様に8本のホルンを要求したのだそうです。しかしオケ側はその理由を聞き、心配無用とオリジナルで通しました。当時のオケのパワーの差を紹介するためにマエストロが明かしてくれた逸話です。

前置きが長くなりましたが、聴きどころ。ただし、いつものように我流ですからご承知願います。

この交響曲はシベリウスの全7曲の中で最も良く演奏される作品です。某高名評論家は「愚作」と言い切っていましたが、私はそうは思いません。
第2交響曲は純粋な器楽作品だと思います。しかし内容には、それ以上のメッセージが籠められていると考えた方が自然でしょう。この初演は熱狂的に受け入れられ、シベリウスは一夜にしてフィンランドの英雄に祭り上げられます。聴衆がメッセージを聴き取ったことは疑いないと思うのです。

当時フィンランドはロシアの支配下にありました。フィンランド語の公式使用も禁じられていたはずです。第2交響曲には愛国的な情感と、圧制に立ち向かう勇気とを与える何物かが含まれていると考えたいのです。それを聴き取ることが最大の聴きどころではないでしょうか。

具体的にやりましょう。
冒頭の弦の刻み、ミミミミミ・ファファファ・ソソソ(移動ドで表記)は全作品の鍵です。2度上向する3つの音。
これを逆転したミレドは第1主題ですし、第2楽章の主題であるファゴットの出だしや、何と言っても第4楽章の第1主題そのものに使われます。全曲のフィナーレで3つの音が高らかに吹奏される様は、フィンランド国民に独立の勇気を奮い立たせたでしょう。

一方で、これに対立する要素も随所に出て参ります。「圧制」を暗示させるものと言っても良いかもしれません。
第1楽章の第2主題。弦のピチカートに続いて出る木管の特徴的な音型です。練習番号Cから。同じ音を長く引っ張り、5度急降下するモチーフ。いかにも「力」を感じさせます。

実はこの「引っ張り音+5度下降」は、第2楽章の最後で象徴的に叩き付けられます。3本のトランペットによる吹奏。この場合は、ミーーーーー・ミラーーッ!

第3楽章のトリオ、練習番号E。オーボエの如何にも癒しのようなメロディー、これも実はミの音を9つテヌートで引っ張ったあと、ミ↓ラと5度下降するパターンなのです。しかも直ぐに上向する3つの音が受け継ぐ。ドレミ。

最初に書いた通り、これは標題音楽ではなく、あくまでも交響曲としての構成を堅固に守っています。敢えて象徴させた「圧制」と「抵抗」も単純な図式ではなく、楽譜を読んで直ぐに理解出来るような創りにはなっていません。

しかし私は、どうしても第2交響曲からフィンランドの歴史的、国民的メッセージを聴いてしまうのです。フィンランドは民族的には日本と深い繋がりがあります。アメリカやドイツ・フランスでは未だにシベリウスは人気がありません。特に日本で早くからシベリウス受容が進んだのは、この辺に秘密があるような気がします。シベリウス自身がグラーフ・コノエの解釈に感銘を受けたことが何よりの証拠ではないでしょうか。

ということでグリーグは後ほど。

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続けます。シベリウスではフィンランドの歴史に思いを馳せるのですが、グリーグではノルウェーの民衆の歌を味わうのが聴きどころでしょうか。

ピアノ協奏曲を先にやりましょう。日本初演。
1912年(大正元年)11月30日 奏楽堂 ハンカ・ペッツォルト(ピアノ)、アウグスト・ユンケル指揮東京音楽学校。だそうです。
新交響楽団が定期演奏会を開始するはるか以前、まだ明治の雰囲気がそのまま残っている頃ですね。因みに、世界初演は1880年、グリーグは何度も改訂し、ペータースから第4版が出たのは1917年のこと。日本初演がどの版で行われたのか定かでありませんが、年代から考えて最終稿以前の版が使用されたはずですね。

ということで新交響楽団の定期初登場は、1927年2月27日、日本青年館にて。ピアノは同じペッツォルト、指揮はヨゼフ・ケーニヒ、新響第2回定期でした。

版の話が出ましたが、序でです。オーケストラ編成は、
フルート2(2番奏者ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部です。
ホルンは4本と指示がありますが、これは上記第4版からで、それまでは2本でした。4本にしたのはグリーグが1907年に施した改訂が基になっています。しかし実態は、3・4番は1・2番と同じパート。ホルンの改良や奏者の力量が向上した現在では、オリジナル通り2本でやる場合も多いようです。

またピッコロは実に不思議で、一般の解説やスコアの大譜表には記載されていません。ライブラリアンのバイブルとも言えるダニエルスのガイドにも触れられていません。
ピッコロが登場するのは何処かと言うと、第3楽章の大詰め、アンダンテ・マエストーソでトランペットを中心に幅広い第2主題が高らかに鳴り渡る所。練習番号Kからの10小節ほどです。

さてグリーグの協奏曲は、先輩シューマンの協奏曲との類似性を言われることが多いですね。レコードでも二つがカプリングされているものがたくさんあります。調性も同じイ短調、出だしからピアノ・ソロがカデンツァ風のパッセージを弾き始める所も同じ。

この出だし、まず注目ですね。現在のピアノは88鍵が標準です。スタインウェイのコンサート・グランドもそうです。しかしこれは改良の結果でして、グリーグが使っていた楽器は85鍵だそうです。彼が晩年を過ごしたトロルドハウゲンには現在もこの楽器が展示されている由。

ところで冒頭のカデンツァ、最高音a4から始まって、85鍵の最低音A2まで一気に駆け下ります。即ち、グリーグは当時のピアノの全音域を使って協奏曲を書いたわけです。ここにグリーグの意気込みを聴きましょう。

更に、最初のメロディーに注目してください。「ラ・♯ソ・ミ」という音型で始まります。実はこの短2度下がり、長3度下がる、という構成は、ノルウェー民謡の特徴なのだそうです。グリーグが意図的にこれを使ったのかどうかは知りませんが、「ノルウェーの心」はここに刻まれているんですね。

グリーグの弦楽四重奏曲をご存知ですか? ここでは全楽章にこの短3度下降・長3度下降が使われています。
もっと身近な例では、例の「ペール・ギュント」に出てくるソルヴェイグの歌。この美しいメロディーにも「民謡下降」がチラチラと鏤められているのです。皆様どうか注意して聴いてみてください。ここがグリーグです。

さてプログラム冒頭の二つの悲しき旋律。これは弦楽合奏曲で、本来は歌曲です。この辺のことはプログラムに書かれるはずですから、ここでは別の角度から。その前に日本初演ですが、これはよく判りません。オーケストラ定期初登場の記録は、
1963年12月14日 群馬音楽センター ハンス・ヘルナー指揮群馬交響楽団第57回定期演奏会。

聴きどころですが、弦楽合奏なのですが5部ではなく、更にパートが分割され(ディヴィジと言います)、第1曲の「傷ついた心」では第2ヴァイオリンとヴィオラが二部に別れて弦7部に、第2曲「過ぎにし春」では更に第1ヴァイオリンとチェロも分割されて弦9部で演奏される所に注目しましょう。
弦楽器の微妙な分割によって生まれる繊細なグリーグの小品。特に第2曲は故人への追悼として演奏される機会も多いもの。皆様も何かの機会で聴かれたことがあるのじゃないでしょうか。

ところでピアノ協奏曲で話題にした「民謡下降」、ここにも登場します。しかも重要な所で。
第1曲は同じメロディーを3回繰り返しますが、情感が高まって急に音量が pp に落ちる所。スコアでいうと第10小節目のフレーズは、正に短2度・長3度下降で出来ています。

同様に第2曲。これは同じメロディーを2度繰り返す構造ですが、ここでも情感が最高に高まった所、繰り返しのときは ff で絶叫する所。ここもあのノルウェー民謡の特徴である下降音型が耳を衝くのですね。

ということで、グリーグの音楽ではノルウェー民族の歌声に耳を傾けようではありませんか。

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