強者弱者(145)

避暑

 山手の沿線に釣鐘草多し。此月の初めより暑を湘南に避くるもの多く、香腮粉瞼の人新橋停車場に雲集す。家族を鎌倉、逗子、大磯の別荘に置きて土曜の夕より日曜にかけて通ふ紳士あり。妻子の避暑をよきしほとして橋南、橋北の旗亭にみじかき夏の夜をかこつ人、土曜の夕、銀座の店より妻なる人の好める品々とりよせて避暑地に向ふ。罪深きことなり。

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釣鐘草という特定の植物はありません。鐘状の花を付ける植物の総称です。
俳句の世界ではホタルブクロを指すようですが、東京のホタルブクロの花期は6月です。あるいは遅咲きのホタルブクロかも知れません。

今の時期に山手線沿線に多い、ということからツリガネニンジンも考えられます。昨今の東京で見かけることはほとんどありませんが、明治時代には普通に生えていたのかも知れません。

「香腮粉瞼」(こうさいふんけん)は以前にシリーズ(20)でも出てきましたが、良く判らない表現です。
腮は「あご」、瞼は「まぶた」ですから、顔中に白粉や香水を振りかけた婦人、ということでしょうね。

鎌倉、逗子、大礒などは当時の避暑地。富裕層の夏は、このような過ごし方が一般的だったと想像されます。

橋南、橋北の「橋」とは、新橋のことでしょう。

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