今年の第9・第三弾

昨日は、第9の私的第3弾に出掛けました。年も押し詰まり、私にとってはナマ演奏の聴き納めでもあります。
最後に選んだのは、巨匠・飯守泰次郎の指揮。たまたま最後になったのは日程の関係でしたが、真にフィナーレに相応しい、最高級の第9を堪能できました。第9は、ベートーヴェンはこうでなくちゃ!!

≪東京シティ・フィル/第九特別演奏会≫
ベートーヴェン/交響曲第9番(マルケヴィッチ版による)
 指揮/飯守泰次郎
 ソプラノ/佐々木典子
 アルト/小山由美
 テノール/福井敬
 バリトン/小森輝彦
 合唱/東京シティフィル・コーア(合唱指揮/藤丸崇浩)
 コンサートマスター/戸澤哲夫

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は、今年が創立35周年。同団ではそれを記念してベートーヴェン交響曲全曲シリーズを企画し、年末の第9はその第4回に相当します。
前3回はいずれも定期演奏会として取り上げられてきましたが、第9だけは特別演奏会。開場もいつもの東京オペラシティではなく、池袋の東京芸術劇場大ホールに移して行われました。

これまでのレポート(第1回と第3回)で紹介してきたように、今回のベートーヴェン演奏はマルケヴィッチ版が使用されるのが最大の特徴であり、私にとっては聴き逃せない重要なポイントでもあります。
プログラムには、マエストロ飯守自身が筆を取って認めた「マルケヴィッチ版による第九交響曲について」という長文が掲載されていました。
(版の特質と意味については繰り返しません)

シティフィルの第9も、先日の読響と同様シンフォニー1曲のプログラムです。ただ違うのは、開演時間が通常より30分遅い7時半だったこと。これが結果として良い方向に作用していました。

この日は年末の雑踏にJRの事故も重なって街は大混雑。私共も今回は電車を利用して池袋に向かいましたが、本来のルートを変えたため、予定より多少時間が掛かかってしまいました。
それでも開演時間にはほとんどの客席は埋まり、楽章間の聴衆の出入りが最小限に食い止められたのは、この時間設定のお陰でしょう。ここは事務局に拍手。

飯守泰次郎のベートーヴェンは、正統そのもの。前回、先駆的にベーレンライター版を使って全曲演奏を果たしたマエストロは、一転して伝統的なベートーヴェン演奏に立ち返りました。その意味でのマルケヴィッチ版使用。

第1楽章のテンポは遅目。4分の2拍子というより、8分の4拍子という感覚でジックリかつ丁寧に音楽を紡いでいきます。その堂々たる歩みは、微塵も揺るぎません。

第2楽章では、過去に多くの巨匠たちが手を加えてきたスコア改訂が実施されます。木管のフレーズにホルンが重ねられ、ヴァイオリンのメロディー・ラインを1オクターヴ上げる変更もそのまま。
スケルツォ主部に比べてトリオが速目なことにも気が付きます。

ここでソリスト入場。控えめな客席の拍手が収まったところで、絶品のアダージョが始まりました。
飯守泰次郎の第9、圧巻はこのアダージョだったと断言して間違いないでしょう。

マエストロはプログラムにマルケヴィッチの言及を引用し、「ベートーヴェンのあらゆるアダージョ作品の中で最も美しいレガート奏法により、dolce, cantabile, espressivo, mezza voce, morendo といった特殊な発想記号がたびたび現れ、この世を超越すると同時に、人間の持ち得る最も深い感情表現に到達している」この楽章を、完璧に実現してのけました。

この夜の演奏では、「ヴァリエーション」の意味が徹底的に楽員に浸透し、これ以上無いアダージョを聴くことができました。“どうか終わらないで欲しい” と思わせるほどの神々しい音楽は、私がこれまでに聴いたどの第9をも凌駕していたと思います。

そして第4楽章。ここでもファンファーレのトランペット追加が実施されましたが、あくまでも旋律線のサポートが趣旨。その効果は絶妙なバランスを保ちます。
続く低弦のレシタティーヴォの何と歌に満ちていたことか。

ソリストは合唱団の前で歌い、四人のバランスはほぼ理想的。合唱とのアンサンブルも文句ありません。さすがに今回の第9にかけるマエストロの意気込みが、歌手の選択にも表れていたと実感されます。
歌詞の一つ一つに、飯守泰次郎の第9への思いが籠められていたことのは当然のこと。

演奏全体を聴いて思ったのは、第9は一つの大きなヴァリエーション(変奏)である、ということ。
4つの楽章の全てが有機的に繋がり、作品を構成する小さな断片の一つ一つが、みな意味を持っている、ということ。
この演奏は、言わばジグソー・パズルの一片が全て完璧に嵌め込まれたようなもの。完璧に納得できた解釈、とも表現できるでしょうか。

マエストロが解説を締め括った、「年中行事のように、消費されるかのように第九が演奏されることは、あってはならない」 という警告が、ここに見事に達成されていました。

最近は感性が鈍ってきた所為か第9に感動するということはほとんど無くなりましたが、今回ばかりは瞼が熱くなってくるのをどうすることも出来ませんでした。
最後の最後でこのような熱き感動を齎してくれた飯守泰次郎氏に、私はただ感謝の言葉を並べるばかり。

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1件の返信

  1. TWILIGHT510 より:

     素晴らしい演奏でしたね! 私も全く同感です。

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