サルビアホール クァルテット・シリーズ第6回

11月の弦楽四重奏フェスティヴァル、個人的に昨日はその最終回で、鶴見のサルビアホールでSQS第6回を堪能してきました。恥ずかしながら初めて聴く団体で、プログラムは次のもの。

シューベルト/弦楽四重奏曲第13番イ短調「ロザムンデ」
     ~休憩~
ボッケリーニ/弦楽四重奏曲ト短調作品32-5
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調作品110
 カザルス・クァルテット Cuarteto Casals

最初にカザルスQのプロフィールから。当日のプログラムからの孫引きです。
1997年にスペインのマドリッドで結成。アルバン・ベルクQ、ラサールQ、ハーゲンQの下で研鑽を積み、2000年のロンドン国際、2002年にハンブルクのブラームス国際の各コンクールで優勝。2005年バルセロナ市賞、2006年にはスペイン国民音楽賞を受賞。
ロンドンのヴィグモア・ホールとバービカン・ホール、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ニューヨークはカーネギー・ホールとリンカーン・センター、ベルリンのフィルハーモニーで演奏。
スペイン国王夫妻の外国公式訪問にも同行して演奏した由で、既に来日も果たしているようです。
CDはハルモニア・ムンディから既に9枚をリリースしており、自国アリアーガの全集、モーツァルト初期やハイドンの作品33、ブラームス全集にツェムリンスキーのドイツものからドビュッシー、ラヴェルのフランスもの。一方でリゲティとクルタークのアルバムも出し、スペインを中心とする現代の作曲家の作品も積極的に演奏している団体です。

現在のメンバーは(何度か交替があったようです)、ヴァイオリンがヴェラ・マルティネス・メーナー Vera Martinez Mehner とアベル・トーマス・レアルプ Abel Tomas Realp 、ヴィオラはジョナサン・ブラウン Jonathan Brown 、チェロがアルナウ・トーマス・レアルプ Arnau Tomas Realp という面々。
ヴェラは紅一点、セカンドとチェロは同じ苗字なので兄弟でしょうか?(確認はしていません)
より詳しくは以下のホームページでチェックして下さい。プロフィールはホームページを訳してそのまま転載したようですね。↓

http://cuarteto-casals.com/

このサイトからは彼らが出演したテレビ放送の録画なども見られますので、より親近感が沸くでしょう。

さて以上は前置きで、ホールに入って“おやッ”と思ったのは、譜面台が高く設定され、チェロ用に指揮台のような雛壇が据えられていること。“あ、立って弾くんだ”
後でホームページのビデオを見て確認しましたが、普段から「立ち弾き」をしている団体ではないようで、この辺りの事情はサイン会で聞けばよいのでしょうが、日本語オンリーの小生には確認しようもありませんでした。

感想を一言で言えば、プログラムからも想像できるように、極めて多彩な音楽をする団体。実に良く歌い、解釈にドラマ、というよりストーリー性があることも特徴でしょう。
クァルテットは夫々の団体に個性があり、同じ作品でも団によって様々な表現が聴けるのが大きな楽しみですが、カザルスは真に個性的、パフォーマンスの積極性に圧倒されます。間違いなく世界のトップクラスと言えるでしょう。

冒頭のシューベルトからして独特。ソナタ形式云々より、音楽の作り方にストーリーを感じさせるのです。

第1楽章では、最後の4小節で大見得を切る如くに締め括る。アンダンテの第2楽章でも、ff で6連音符が各パートを飛び交う個所にクライマックスが設定されます。
最も特徴的だったのは、第3楽章冒頭のチェロ。スコアにあるように、チェロが pp で「ミーレミー~~」と囁くのではなく、「ミーレー~~」と二度目の「ミ」に sf のアクセントを強調し、後をほとんどビブラートを掛けずにピーンと引っ張る。恰も物語が始まる、という印象を与えるのです。
実際この楽章のメヌエットとトリオは、私には現実と夢の対比のようにも思えました。単なる三部形式のメヌエットじゃない。

そして、どんな細部にも歌が隠されていること。チェロのアルナウに注目していると、楽譜はほとんど見ずに、頻りに他のパートとのアイコンタクトを取り、まるで歌詞が付いているように何かを口ずさむ様に弾く。
これは私の想像ですが、一つの作品をレパートリーに加えるに当たって、アルナウが演奏全体の設計図を描いているのではないか。音楽的な形式に何がしかのストーリー(歌)を添えて。

後半最初のボッケリーニもサプライズ。
ここではファーストとセカンドが入れ替わり、アベルがファースト、ヴェラがセカンドに回ります。しかも弓をバロック・ボウに持ち替えて。

今回取り上げた作品32-5は四楽章構成。彼らの最新CDにも含まれているそうで、第4楽章の最後には第1ヴァイオリンによる長く、且つ技巧的なカデンツァも登場する面白い作品です。
ボッケリーニということもあって随所にノン・ビブラート奏法を駆使し、バロック・ボウの小回りの利くボウイングでピュアな合奏を展開します。ハイドンやモーツァルトとはかなり趣の異なる、自由奔放なスタイルに会場からも思わず“ブラヴォ~”。

そしてメインのショスタコーヴィチ。ボッケリーニからの時空移動に興味津々でしたが、シューベルトと同じヴェラがファーストに戻り、もちろん弓もモダーン・ボウ。大きなビブラートを朗々と響かせて、ショスタコーヴィチ物語を描き切ります。
ショスタコーヴィチ8番は既にサルビアホールでもパシフィカQが名演を披露しましたし、個人的にはモルゴーア、古典、エクセルシオでも聴いてきました。しかしその中で最も個性的だと感じたのは今回のカザルスQでしょう。

最初に書いた通り、どんなパッセージにも歌が溢れます。例えば第1楽章から第2楽章にアタッカで続く瞬間、そしてファーストのG線の速いパッセージもメロディックなものが感じられます。
極め付けは第4楽章の最後でチェロに登場するマクベス夫人のアリアでしょうか。チェロのハイポジションが切々と訴える「アリア」は哀切の極み。ここに「ドラマ」を感じない人がいたら、その人は情緒的に欠陥があるのでないかと疑ってしまうほど。
(今回特設のチェロの雛壇が特異な効果を発揮しているようで、チェロの響くこと響くこと)

当然ながらアンコールが用意されていました。ヴェラが日本語で曲名を継げてくれます。
最初は、スペインの至宝ファリャの三角帽子から「粉屋の踊り」(フェルッカ)。お国ものでもあり、アンコールでもあり、そのテンポ・ルバートはデフォルメ寸前。特にチェロのピチカートに置き換えられたパッセージは、聴いていて思わず吹き出したくなるほど。

鳴り止まぬ拍手に応えてもう一曲、カタロニア民謡「鳥の歌」。又してもチェロの慟哭の歌に、聴いていて思わず泣きだしたくなるほど。

流石に「カザルス」を冠した団体です。こういう大きな名前を名乗るには、周囲から太鼓判を押される実力を認められてのことでしょう。
今回のツアーは、首都圏では鶴見と武蔵野。他に静岡、佐賀、鹿児島を回る予定とか。サルビアホールには、是非リピート招聘をお願いしておきましょうネ。

これほどの実力団体を贅沢にも100席のホールで聴く喜びは、他に代えがたい素晴らしさがあります。今回も感じたことですが、弦楽四重奏こそ音楽が最後に行き着く所ではないか。
正に至福の2時間だったと言えましょう。

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