サルビアホール クァルテット・シリーズ第5回

著しい進境で圧倒的な存在感!! というのが昨夜鶴見のサルビアホールで聴いたパヴェル・ハース・クァルテットの感想です。
第2シーズンに入り、通算で5回目を迎えた当ホールのSQSシリーズ、今回は泣く子も黙るパーヴェル・ハース・クァルテットの登場。プログラムは以下のもの。

チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第7番嬰へ短調作品108
     ~休憩~
スメタナ/弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯より」
 パヴェル・ハース・クァルテット Pavel Haas Quartet

最初にメンバーを紹介しておくと、

第1ヴァイオリン/ヴェロニカ・ヤルツコヴァ Veronika Jaruskova
第2ヴァイオリン/エヴァ・カロヴァ Eva Karova
ヴィオラ/パヴェル・ニクル Pavel Nikl
チェロ/ペテル・ヤルシェク Peter Jarusek

ヴァイオリンの二人が女性で、低声部は男性。全員が同年代のチェコ出身で、恐らく30歳前後でしょう。
団体の名称は、ブルノに生まれ(1899年)、1944年にナチによりアウシュヴィッツでガス室に送られた作曲家パーヴェル・ハースに因むもの。当然ながらハース作品(弦楽四重奏曲は3曲あります)を世界に紹介することが、彼らの使命の一つでもあります。
なお第2ヴァイオリンは何度かメンバーが替っているようで、2006年の初来日と最初のCDリリース時はカテリナ・ゲムトロヴァ Katerina Gemtrova 、CD第2弾(2007年録音)ではマリー・フクソヴァ Marie Fuxova が受け持ち、第3弾CD(2009年録音)以降現在までは今回のエヴァが弾いています。代々女性が勤めることは伝統のようですが。

私がこの団体に初めて接したのは、初来日を第一生命ホールのクァルテット・ウェンズデイで聴いた時。そのときは最初にモーツァルトの「不協和音」が置かれ、2曲目に名刺代わりの1曲となるパーヴェル・ハースの第2番「“オピチー・ホリ”から」を紹介、最後はヤナーチェクの第2番「ないしょの手紙」というものでした。
その時の印象は、正にチェコのクァルテットだ、と言うもので、統一された木質の音楽に惹きつけられたことを覚えています。

初来日は第7回パオロ・ボルチアーニ賞国際コンクール優勝者のワールドツアーの一環で、プログラムには現地で取材した音楽ライター・渡辺和氏の「パヴェル・ハース・クァルテットかく闘えり~熱気の中の自然体」と題された素晴らしい一文が掲載されています。
ここで紹介された熱気の中の自然体が、東京での演奏会でも実に良く出ていました。即ち、まともな音楽を、最後までまともに奏でる、というクールな姿勢。そして真の音楽には熱気がある、と。
私は何時か何処かでパーヴェル・ハースを、やはり晴海で聴いたパシフィカQ、パイゾQと並べて“四重奏の将来を担う3P” と紹介したこともあったような。

彼らはその後も来日し、NHKのクラシック倶楽部でも放送されたと記憶しますが、私は今回が二度目の再会でした。
そして冒頭に書いたように、パーヴェル・ハースは大化けし、圧倒的な存在感で今回も私を打ちのめしてくれましたヨ。

最初のチャイコフスキー、冒頭の p をこれ以上ないくらい繊細に始めます。最初はホールが100席という小さい空間を意識して音量をセーヴしているのだろうと思いましたが、提示部コーダの ff のトレモロで早くもパワー全開。その圧倒的な音量に暫し仰け反ってしまうのでした。
そのダイナミックスの振幅の大きいこと・・・。

有名な第2楽章アンダンテ・カンタービレ。何処かでトルストイの啜り泣きが聞こえると思ったら、ヴェロニカの鼻息が音楽と共に呼吸しているのです。
第3楽章スケルツォにも独自の工夫が仕掛けられています。トリオを挟んで繰り返されるスケルツォ主部を最初は大きく f で終わらせ、二度目に繰り返されるときにはスコアの指示通り mf に落とす、という捻り技。単に譜面通りに再現するのではない強かさも持ち合わせているようです。

続くショスタコーヴィチ。これはもう、目から鱗の第7番でしたね。

第7弦楽四重奏曲はショスタコーヴィチのクァルテットの中でも最も短く、亡き妻に捧げた作品ということもあって、これまでナマ演奏でもCDでも哀切な音楽という印象を抱いてきました。
ところが当夜パヴェル・ハースが再現して見せたのは、激しく悶え、苦悩に躰全体を捩るショスタコーヴィチの姿でした。特に第3楽章の緊迫感に、ヴェロニカは何度も椅子から腰を浮かせ、髪を振り乱すが如く(自慢の金髪を束ねてはありますが)に演奏姿勢でも作品の熾烈さを表現していくのでした。
練習番号37からの第2楽章主題の回顧も、心の底からの叫びに聴こえます。ショスタコーヴィチ夫妻に何があったのか? 最後の儚いワルツも、甘い思い出では決してなく、茫然自失の内。

繰り返しますが、私はこんなショスタコーヴィチ第7を体験したのは初めてです。作品の全く別な面を思いがけずも知ってしまった感じ。こんな曲だったとは。

前半が終了した後、何となく客席やホワイエもざわついた感じ。恐らくこの団体を初めて聴いた聴衆たちでしょう、驚きが支配しているようにも見受けられます。

そしてメインのスメタナ。
もちろん自国の音楽の父たるスメタナ作品は、パーフェクトと呼んで差支えない名演奏。前半で彼らの実力に舌を巻いた客席も、スメタナを固唾を呑んで聴き込みます。
第3楽章冒頭、ペテルのソロ、チェロの最低C音が解放弦で鳴らされるときの堂々たる音量が響きの良いサルビアホールを揺るがせます。そしてカデンツァ直前のヴェロニカのG線の迫力。どうすればあんな音が出るのだろうか。
(ボルチアーニ・コンクールでは楽器の鳴りの悪さを指摘する意見もあったと聞きましたが、彼らは楽器を替えたのでしょうか。)

これまでスメタナと言えば往年の、それこそスメタナQの残した演奏を最上のものとして聴いてきました。しかし若きパーヴェル・ハースのスメタナはレヴェルが違います。
もちろん演奏のコンセプトが内向きだったスメタナQとは正反対で、遥かに外向きであることで国際的な説得力を獲得しているとも言えましょう。最終的には聴き手の趣味に委ねられるのでしょうが、存在感は比べ物になりません。

当然ながらアンコールをやらなきゃ客席は立ちませんね。彼らの最新リリースでもあるドヴォルザーク「アメリカ」から第2楽章レント。これがまた泣かせるのです。しかし何処までもクール。

コンサート終了後、サイン会も行われました。私も恥ずかしながら第4弾となるドヴォルザークをゲットして列に並んでしまいましたワ。
彼らはデビュー以来スプラフォン・レーベルの積極的な後押しにより、これまで4枚のアルバムを発表してきました。私も全て所有していますが、これまでの4枚は全て欧米のレコード誌で何らかの賞を受賞しています。確か最新アルバムはグラもフォン・アワードを獲得、室内楽部門だけでなく大賞にも選ばれたとか。

イギリスのヴィグモア・ホールでは今シーズンからパヴェル・ハース・クァルテットのドヴォルザーク・プラス・シリーズを開始し、先月25日にも今回と良く似たチャイコフスキー第1、ショスタコーヴィチ第7、ドヴォルザーク「アメリカ」による第1回を開催してきたばかり。現地でも絶賛を以て迎えられたと聞きます。
(ヴィグモア・ホールの目玉は、パヴェル・ハースのドヴォルザーク・シリーズとパシフィカのショスタコーヴィチ・チクルスでしょう)

サルビアを聴き逃した皆さん、未だ諦めるのは早い。11月14日(月)には浜離宮朝日ホールでも彼らの演奏会が行われます。こちらはハースの第1(単一楽章、15分弱の作品)、ドヴォルザーク「アメリカ」、シューベルト「死と乙女」という、より一般的なプログラムです。
御自身の耳で、今が最も旬なクァルテットを満喫してみませんか。

なお、この後サルビアホールのシリーズではシューマンQ(次回ボルチアーニの大本命だそうです)、アミーチQ、ブラジャークQ(チェコの大御所)、アマリリスQ(メルボルン優勝)と見逃せない、いや聴き逃せない団体が続々登場する様子。
音響の良い(どんな席でもOK)ホールで、話題のクァルテットを眼前で見・聴く喜びは、もう癖になってしまいました。おまけに拙宅からはアクセスも抜群ですから、言う事ないでしょ。

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