サルビアホール クァルテット・シリーズ第13回
サントリー・ブルーローズの室内楽の庭から帰り、午睡を取って体調を整え、早目の夕食を済ませて鶴見に向かいます。サルビアホールのクァルテット・シリーズ、今回は本邦初登場のアマリリスQ。
ブルーローズで出会った方から同団のフリー・コンサートがとても面白かったという話を聞き、期待に胸を膨らませて出掛けましたが、なるほど素晴らしい団体、また一つ追っかけになりそうなクァルテットに出会いました。企画している横浜楽友会に感謝ですね。
オウム容疑者の捜索で警察官が溢れている改装中の鶴見駅を抜け、ホールに入って見ると、やや、弦楽四重奏博士・幸松肇氏がロビー一角で著作を販売されておられます。見ると氏の「世界の弦楽四重奏団とそのレコード」シリーズの第3巻と第4巻が新刊になった由。
書店には並んでいない著作で、私はシリーズ全体が初めて目にするもの。博士の面前を素通りするのは余りに失礼でもあり、著作の魅惑に誘われてこれまでの4巻を全てゲットしてしまいました。占めて8千円也。毎度ありがとうございます。
チラッと横を見ると、本日の出演者アマリリスQのCDも2枚セール中。どちらも本日の演奏曲目で、1枚がハイドン、他方は初めて聞くゲザ・フリードの弦楽四重奏曲集。幸松先生に“初めてですが、アマリリスってどうですか?” と尋ねると、“凄く良いですよ”とのこと。ま、初物なので、CDは実際に自分の耳で聴いてからにしましょう、ということにして席に着きました。
最初にアマリリスのプロフィール。メンバーの内3人はドイツ人、1人がスイス人という構成で、結成されたスイスの団体と区分されるようです。
ファーストはグスタフ・フリーリンクハウス Gustav Frielinghaus 、セカンドがレナ・ヴィルト Lena Wirth 、ヴィオラはレナ・エッケルス Lena Eckels 、チェロがイヴ・サンドゥ Yves Sandoz という面々。チェロがスイス出身ですね。
去年大ブレークした若手で、パオロ・ボルチアーニで最高位(ファイナリスト)、メルボルン国際では大賞と弦楽四重奏部門第1位。その輝かしい成績は、期待するなという方が無理と言うもの。今回はメルボルン受賞記念のツアーの一環でもあります。
この日演奏されるフリードの紹介もライフ・ワークの一つにしているようで、鶴見のプログラムは勝負のコンサート、と見ました。詳しくは自身のホームページ、以下を見て下さい。
http://www.amaryllis-quartett.com/
サルビアでのプログラムは、
ハイドン/弦楽四重奏曲第59(74)番ト短調作品74-3「騎手」
ゲザ・フリード/弦楽四重奏曲第1番作品2
~休憩~
ラヴェル/弦楽四重奏曲
メンバーの配置は、右端にヴィオラが来るスタイル。セカンドとヴィオラが女性です。二人の女性はコスチュームを統一し、男性はスーツにネクタイというスタイル。世界有数のコンクールを経てきている自信が感じられます。
冒頭のハイドンから彼らの特質が飛び出します。先ず、楽譜や伝統的演奏スタイルには捉われず、かなり自由な解釈によるハイドンということ。
私は「騎手」には特別な思い入れがあって、特に終楽章には個人的な悲しみを覚えるのですが、アマリリスはそのようなセンチメンタリズムを微塵も感じさせません。
フィナーレの16分音符二つのアウフタクトは譜面では f 。でも彼らは ff で開始し、直ぐに p に落とす。その落差、そしてスピード。若手団体の溌剌たるハイドンと言ってしまえばそれまでですが、アマリリス独自の演奏設計が感じられるものでした。相当に練り込んだ表現と言えるでしょう。CDにもなっていることですし。
もう一つ驚かされたのは、セカンドの存在感。普通ハイドンでは内声部は余り目立たないものですが、アマリリスのセカンド、レナ・ヴィルトは外見に似合わず積極的に自己主張して行きます。もちろん彼女のスタンドプレーと聴くべきではなく、アマリリスとしての表現。
この結果ハイドンの古典的な佇まいに新たな風景が生まれてくるのは、実に新鮮な体験でした。
続いて注目のフリード Geza Frid (1904-1989)。ハンガリー出身の作曲家で、母国でバルトークにピアノを、コダーイに作曲を学んだ人。その後オランダに移住し、大戦後の1948年にはオランダの市民権を獲得した経歴を持ちます。
弦楽四重奏は5曲残しており、この日紹介された第1番はリスト音楽院で学んでいた1926年の作。翌年1月にハンガリー・クァルテットによりブダペストで初演。1か月後にはやはりハンガリーQによりヴィグモア・ホールで英国初演されました。
英国初演はサンデー・タイムス誌で、「独創性豊かな作品」と絶賛されています。また作曲の師コダーイも自筆原稿を見て、“出版されてしかるべき”と評価、フランス印象主義、ハンガリーの民族的要素、ジプシー風エピソードと言ったフリードの個性が早くも表れた傑作と言えましょう。
Tranquillo 、Presto 、Lento Rubato 、Allegro Vivace の4楽章から構成。私は特に個性的な第3楽章の大海原を行くような豪快なタッチが印象に残りました。
アマリリスの演奏も単なる作品紹介の域を超え、なぜ今までフリードが世に知られなかったかを思わせる名演奏で応えます。
これを聴いて直ぐに彼らのCDを買う決心を固めましたね。
売り切れない内に、休憩時間を利用してゲット。ハイドン盤と合わせて5千円也。何か散財の一日だなぁ~。
最後はラヴェル。ドイツ、スイス、ハンガリー、オランダとやや無国籍な感もあるアマリリス、最後はフランスの名曲でコンサートを締め括ります。
入手したばかりの幸松辞典では、アマリリスは第4巻・欧米のラテン諸国編に分類されていました。メンバーの大半がドイツ人であるにも拘わらず。それだけ彼らがインターナショナルだ、ということでしょうか。
早速アマリリスQの紹介に目を通すと、彼らの演奏は円満で、特異な粘着性があり、民族的な部分がかなり分り易い表情で語られている、とありました。流石博士の見立て、正にその通りと納得。
特に粘着性という部分が耳に残ります。素人考えでは弦に弓を強く押し付ければ粘着質の音と思いがちですが、恐らく反対。弦と弓の接触角度や時間が成せる技なのではないか。技術的なことはともかく、聴いていて何ともコッテリとした、ネツトリとした音色が感じられます。人によっては嫌うかもしれませんが、私の耳には魅力的に響きましたね。
サルビアの常連氏には「グズグズ」というか、要するに譜面から乖離し過ぎと感じた方もおられましたが、ここまで徹底した演奏スタイルを磨き上げるには、それなりの努力があってのことと思慮します。後は好き嫌いか。
そのラヴェル、緻密かつ多彩な音色に惹かれましたが、最後は作品の構成感に行く着く所は、如何にもドイツ人による演奏だと感じました。
アンコールがあって、ハイドンの「鳥」から終楽章の Allegro con brio 。
前回よりは少なめだったこの日の聴衆はこれで満足せず、拍手は鳴り止みません。4人は再び着席し、何事か相談して演奏したのは、騎手の第4楽章をもう一度。予定外のアンコールでしょう。
如何にも本割ではなくアンコール版とも呼べるようなアプローチで、より遊びの効いた、更にリラックスした演奏で会場を沸かせました。
次はいつ来るのかな、アマリリス。
まとめtyaiました【サルビアホール クァルテット・シリーズ第13回】
サントリー・ブルーローズの室内楽の庭から帰り、午睡を取って体調を整え、早目の夕食を済ませて鶴見に向かいます。サルビアホールのクァルテット・シリーズ、今回は本邦初登場のア…