札幌文化芸術劇場・杮落し公演「アイーダ」

この話を聞いたのは何時だったかな? 少なくとも1年以上前だったと思います。そう、札幌に本格的なオペラを上演できる劇場が建設され、アイーダで杮落しをする、と。
2017年6月にクァルテット・エクセルシオの札幌定期を聴きに行った折には、時計台の隣のブロックを態々訪れ、その建設現場の写真を撮ってきたほどですから、多分去年の初めには噂を耳にしていたはずですね。

アイーダのキャストが正式に発表、その二日目公演を聴きに出掛ける決意を固め、チケットもその筋にお願いしてこの日を待ちました。直接チケット争奪戦に参加しなかったので実感はないのですが、2日間の公演はあっという間に完売。私共の手元に届いたのは2階Rという座席でしたが、これもかなり苦労した成果だったとか。ここは努力して頂いた関係者諸氏に感謝し、勇んで札幌に向かいます。
生憎この週も台風コンレイが日本列島に近づき、特に北海道は上陸も危惧されていましたが、幸い私共が選んだ二日目・8日は過ぎ去った後。交通機関の乱れも無く、無事に札幌入りすることが出来ました。中には台風と共に北上してきたという熱心なファンにもお会いしました。キャスト等は以下ですが、関係者の数も極めて多く、全員の名前を記す余裕はありません、悪しからず。

ヴェルディ/歌劇「アイーダ」
 アイーダ/木下美穂子
 ラダメス/城宏憲
 アムネリス/サーニャ・アナスタシア
 アモナズロ/上江隼人
 ランフィス/斉木健詞
 国王/清水那由太
 巫女/松井敦子
 伝令/菅野敦
 バレエ/名越真夕、春風まこ、高橋滋生、永野亮比己ほか
 合唱/二期会合唱団、札幌文化芸術劇場アイーダ合唱団
 管弦楽/札幌交響楽団
 指揮/アンドレア・バッティストーニ
 演出/ジュリオ・チャバッティ

今回のアイーダはグランドオペラ共同制作という形をとり、札幌の他に横浜・兵庫・大分でも同じプロダクションが開催される予定。歌手はA・B二組に分かれ、札幌と横浜が2公演、兵庫はA組、大分はB組の公演が行われると理解しています。指揮は全てバッティストーニですが、札幌のみ札幌交響楽団がピットに入り、他は全て東京フィルハーモニー交響楽団が演奏することになっていはずです。
因みにA組、というか真の意味で札幌の杮落しとなったチームは、アイーダがモニカ・ザネッティン、ラダメスに福井敬、アムネリスは清水華澄というキャストで、夫々に役者がそろった製作。できれば両組とも聴いてみたい布陣でしょう。
私共が体験した札幌の二日目は、当初ラダメスに予定されていた西村悟が体調不良と言うことで降板、上記の城宏憲に変更となりました。出演者の変更はオペラでは日常茶飯事で、多くの名歌手たちもそれを切っ掛けに羽ばたいていくもの。今回も新たなスター誕生の舞台となったようです。

先ず触れなければいけないのは、新装なった札幌文化芸術劇場。とやかく言うより、公式ホームページで確認してください。

https://www.sapporo-community-plaza.jp/theater.html

立地は札幌市中央区北1条西1丁目、というより札幌一の観光名所である時計台の隣のブロックで、札幌駅から歩いて行ける距離。歩くのは嫌、という人は地下鉄南北線で札幌から1区、大通り公園駅で降りれば目の前に立っている9階建ての建物です。
私も初めて足を踏み入れましたが、地下4階地上9階、劇場があるのは4階から9階まで(劇場の座席としては1階から4階まで)のスペースで、1階から3階までは図書館や札幌文化芸術センターなどの施設が入っています。オペラが上演できる劇場は3層バルコニー構造、プロセニアム型と呼ばれるそうで、4階まで使うと2302席とか。(2階まで、3階までという選択も出来るそうです)

敢えて数えませんでしたが、エスカレーターをいくつも乗り継いで劇場のホワイエへ。3連休の最終日、札幌随一の施設とあってオペラ鑑賞以外の見物人も多く、建物は相当な人出でごった返していました。オープニングを祝するフラワー・スタンドの多かったこと・・・。
ホールに入って、先ず劇場の壮観さに目を瞠ります。如何にもヨーロッパ風のオペラ・ハウス、と言った眺めで、恐らくどの階からも舞台が良く見え、手すりが邪魔で歌手が見えない、という不満は無いと感じました。殆どの人がホール内部をスマホでパチパチしていましたが、これは止むを得ない所でしょうか。揃って自撮り、という団体さんも。

肝心の音響ですが、真に素晴らしい。今回の体験だけで云々は出来ませんが、オーケストラの大音量の中でも歌手の声が客席に明瞭に届き、混濁間やもやもや感は感じられません。直ぐに舞台に集中でき、演出の細かい個所も手に取る様に分かりました。ピットのオーケストラも閉塞感は無く、少なくとも2階席以上では指揮者の動きも充分に堪能できます。舞台に近い客席から覗き込むと、ヴェルディには欠かせないチンパッソも鎮座してましたね。
オーケストラ・ピットの上部に装置があり、カータンコールの際にはピットにも照明が当ってプレイヤーの表情も良く見える、というのもこの劇場の特色かも知れません。

今回の演出はローマ歌劇場との提携公演、マウリツィオ・ディ・マッティアの原演出にチャバッティが手を加えたものだそうですが、第1幕と第2幕の間、第2幕と第3幕の間と合計2回の休憩が挟まれました。最初の休憩の間に早速ホワイエでは劇場談議に花が咲いていましたが、少なくとも私の耳に入ってきたのは好意的な意見ばかり。一様に札幌でこのように本格的なオペラが味わえることの喜び、音響の素晴らしさが話題になっていました。私も同感です。

日本が誇るプリマドンナ木下、私としては今回が初体験の城、イタリアやドイツでアムネリスを歌っているアナスタシアの主役3人も堂々たる存在感。アナスタシアは最初あれ?と思う出だしでしたが、直ぐに本調子に戻り、第4幕の聴かせ所では客席の心をグイと鷲掴みにしてしまいました。やや暗めの声質がアムネリスにはピッタリ。
代役となった城ですが、常に安定した歌唱を聴かせ、将来の大物感を予知させる凛々しいラダメス。もちろんタイトル・ロールの木下は最初の「勝ちて帰れ」で客席の共感を誘い、第3幕の「我が故郷」でも緩急自在の表現力と幅広い声量で心に残るカンタービレを歌い上げます。近年ではトスカ、エリザベートに続く大役。

そして何と言ってもバッティストーニ。普段私が聴き慣れている往年の名指揮者に比べても速目のテンポが基調で、時に思い切ったアッチェレランドを利かせてメリハリの強いアイーダを聴かせてくれました。
ヴェローナ生まれのバッティーは、少年時代からアイーダを聴いて・観て育ったマエストロ。彼の耳と頭の中には独自のアイーダ感が出来上がっているのでしょう。真に説得力のある指揮振りでオーケストラを、舞台全体をリードしているのに舌を巻きます。

演出はオーソドックスなもので、初めて本格的なオペラに接するであろう札幌のファンもすんなり溶け込めたのではないでしょうか。最初から意味不明な演出を見せられたのでは、文化芸術劇場の今後にも決して良い効果を齎しませんからね。
オペラは初体験と言う観客も少なくなかったようで、恒例の何度も繰り返されるカーテン・コールでは、その度にドッと沸きます。その光景に、こちらも何となく納得してしまいました。新たなカルチャー・ショック、かな?

成功裡に杮落しを終えた札幌文化芸術劇場ですが、当施設の方針はあくまでも多目的ホールであってオペラの独占小屋じゃありません。如何にこの空間を有効に、かつ市民に愛される形で運営していくことが問われるでしょう。税金の無駄遣い、と言われないように。
このあとクラシック関係では人気ピアニストのユジャ・ワンによるリサイタルが予定されていますが、オペラとなると来年8月のトゥーランドット(大野和士/バルセロナ響)まで待たなければなりません。札幌に継続的なオペラ愛好家を育てる、という課題も目に見えてきました。

劇場自体には賛辞を惜しみませんが、建物自体が総合施設である上に、劇場は4階以上から。今回のように満席となった際には、帰りのエスカレーターが大混雑していました。エレベーターは無いようで、他は階段。施設の利用が重なる日曜祭日には苦情が出てくるという懸念もありそう。未だ開館したばかりですが、関係者は気の抜けない日々が続きそうです。
地震と台風、北海道観光を敬遠する風評もあるようですが、今回のように目玉を見つけ、大いに北海道を味わう、という人々の行動が復興の早道になるのは言うまでもありません。これからも北の大地で開催されるイヴェントに注目し、積極的に出掛けて行く気構えを持とうではありませんか。千歳空港が何となく閑散としているように感じられたのは、翌日の帰りの便が夜遅かった所為でしょうか・・・。

 

 

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3件のフィードバック

  1. 音吉 より:

    今晩は。柿落としにおいでになられたのですね!私もかなり前には参る予定でしたが、ぐずぐずしている間にチケットが発売され、と思いきや即完売、その後もチケットは全く出回らず、とても後悔しきりに終わりました。ですが、音響の素晴らしさ等々、様々お話をお聞きでき、本当に良かったです。 札幌にはキタラホールという素晴らしいホールもあります。札幌の音楽事情が今後益々楽しみになりそうですね。 アイーダは関東もあるので、バッティーの『俺流アイーダ』、是非とも聞いてみたくなりました。個人的には歌手の木下氏や札響のやるオペラを聞きたかったですが、、。勿論、木下氏はお聞きできるので、バッティー&木下氏を楽しみにいたします。それでは、失礼いたします。

  2. メリーウイロウ より:

    音吉さま

    重ねてのコメント、ありがとうございます。
    札幌には数年前に六花亭ふきのとうホールという室内楽専門のホールも出来ましたし、キタラと合わせて札幌三大ホールとも言えそうですね。
    バッティストーニ/木下は去年、キタラでオペラ・アリアの夕べという特別演奏会を行い、すっかり札幌のクラシック・ファンを虜にしたようでした。
    休憩時間にお話しした方の中には奄美大島から台風に乗って北上してこれらた熱心なファンもおられました。また別の紳士は神奈川でも聴かれるということです。私は残念ながら県民ホールはパスですが、その時の会話でバッティストーニ/木下他のマーラー千人が話題になり、次はそこでお会いしましょうという話に。来年1月の新宿文化センターですが、東京に戻ってから何とかチケットをゲット、再会を楽しみにしているところです。

  3. 音吉 より:

    お返事を有難うございました。ご連絡が遅くなり、申し訳ございません。バッティ&木下の千人の情報も有難うございます。是非とも聴いてみたくなりました。勿論、まずは明日の県民アイーダを楽しんで参ります。有難うございました。

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